1話 突然です
文体の練習と、最近鬱を書きすぎた反動です。どうしても軽い話が書きたくなってしまいました。ちょいちょい更新します。週一?月一?くらいです。
「小魔王様! 大魔王様からの使者様がいらっしゃるそうです!」
灰色の悪魔、ガーゴイルの家令は慌てた様子で小魔王の居所に駆け込んできた。
ガーゴイルの石のように硬質な肌は、汗でいつもより深い黒色になってしまっている。
余裕の面持ちで報告を聞いていた小魔王は、黄金で飾り立てられた玉座で静かに笑みを溢した。
「ふむ、ご苦労。宴の準備をせねばならぬな」
「しょ、小魔王様? 恐れながら一言申しても宜しいでしょうか?」
「ん? 申してみよ」
小魔王は、家令ガーゴイルの言葉に眉を 顰める。基本的に面倒臭がりな小魔王は、自分の行動にケチを付けられるのが嫌いだった。
「使者様ご来訪の目的は、愚察するに・・・、南方諸国への逆侵攻の進捗状況の視察である可能性があります」
「ぎゃ、逆侵攻? 我は父上からそのようなことを命じられていないぞ。我はただ『南を任せる』と仰せつかっただけで・・・」
家令ガーゴイルは、小魔王の言葉に目を真ん丸にして驚いた。
しかしその数秒後には、【分かってましたとも】とばかりに溜息を吐く。
「小魔王様・・・。あなた様は仮にも大魔王様の第三子でございます。もう王位継承レースは始まっているのです。もう少し自覚を持って貰わなくては、部下の士気にも関わりまする」
「王位継承、か。我はそのような小さなモノに興味はない! 我が望みはただ一つ!」
「おお、小魔王様、その偉大な目的とは!」
「平和と安定だ!!!!」
「え・・・?」
家令ガーゴイルは、【可笑しいなぁ、年取って耳が遠くなったかなぁ】と鋭い爪の生えた指で耳の穴を掻っ穿った。
頭をポンポンと木魚のような音を鳴らして叩くと、家令ガーゴイルは聞き返した。
「小魔王様、恥ずかしながら聞き損なってしまいました。今一度、小魔王様の野望をお聞かせください」
「うむ。お主も父上の代から仕えてくれているからな。もう一度しか言わないから、よく聞けよ」
「ありがとうございます」
「我が望みは・・・」
「望みとは・・・」
家令ガーゴイルが、ごくりと唾を飲み込む。
王の間に異様な緊張感が走った。
「平和と安定だ!!!!!!!!!!」
「なんでやねん」
家令ガーゴイルの年季の入った突っ込みが炸裂し、その場の緊張感は儚くも霧散した。
小魔王は、不機嫌そうに家令ガーゴイルを睨んだ。
「お主、我が宿願に泥を塗るか?」
「い、いえ。決してそのようなことはありません」
口では平和ボケしたことを言っている癖に、小魔王の殺気は本物。
家令ガーゴイルが、【もはやこれまで】と死を覚悟したとき、その殺気は緩んだ。
恐る恐る顔を上げると、小魔王が苦笑する姿があった。
「良い。我の望みは理解されないことが多い。だが父上は分かってくれていた。きっと今回も何もないから、余計な心配をせずとも大丈夫だ」
「しょ、小魔王様・・・」
ちょうどその時、小魔王の城が 俄に騒々しくなる。
近衛のオークが、王の間の扉を乱暴に開け放つと、見掛けだけ素晴らしいハルバードを片手に小魔王の前に 跪いた。
「緊急報告!!」
「なんだ、次々に騒がしい」
「我らの守堅の城に張られた第三結界、及び第二結界が何者かに突破、破壊されました!」
「な、なんだと!! 我が勇者にバカンスを邪魔されない為に、丹精込めて作った結界がっ!」
家令ガーゴイルが首を傾げた。
「バカンス?」
「言葉の綾だ!」
小魔王は、先程までの余裕が無くなり、玉座で貧乏揺すりを始めた。
この場に知る者は少なかったが、小魔王の張った結界の効力は本物だった。
魔王の絶大な魔力に、一種の凝り性というべき小魔王の魔法の技能が合わさった結界は芸術品にも等しい。
城を囲む森全域に張られた方向感覚狂わせる第三結界。
城から外に向けて発される絶大な斥力を誇る第二結界。
そして残されたのは、それでもなお侵入を望む者に降り注ぐ自動迎撃魔法を行使する第一結界。
程無くして、魔法が自動迎撃を開始したことを意味する爆音と極光が遠雷のように響いてきた。
びりびりと大気を震わせる魔法に部下たちは恐れ戦いた。
小魔王もそれを聞きながら、不敵な笑みを取り戻す。
第三結界と第二結界は、謂わば侵入を拒むのみ。
それらと第一結界では、話が違う。
しかし、その余裕も魔法の発動が城に近づくつれて崩れてしまった。
「もう終わりだ・・・」
小魔王は、目と鼻の先で発動した魔法を見て呆然としていた。
王の間には、第一結界に巻き込まれることを恐れて逃げてきた下級兵たちが剣を構えている。
その中のゴブリンの一人が剣を掲げて言い放った。
「オレたちには、最強最悪の策士、大魔王が第三子イムスル様が付いている!! 勇者だろうが、天使だろうが、恐れることはない!」
剣と盾を打ち鳴らして、兵たちが士気を上げるなか、小魔王は玉座に縮こまって震えていた。
家令ガーゴイルが、それを見て呆れる。
「小魔王様、大将がそれでは部下に示しが付きません」
「なんで、そんな余裕なんだ。あの結界は我が心血を注いだのだぞ! あれを破るとなると音に聞く異界の勇者・・・。勝てるわけがない」
「最後まで諦めないのが魔王です。かの御仁だって『我を倒したところで、第二、第三の我がっ!』と言っていたではないですか。魔王学の基礎基本ですよ!」
「我の命は、第二、第三もないのだ! 死んだら大人しくあの世に逝くしかない。そもそも、あのお方も最後は死んだではないか!!」
「いえ、もしかしたら諦めた方もいらっしゃるかもしれません。せっかちな勇者は、レベル上げをせず後悔するそうです」
「我はどちらにせよ、木っ端魔王。英雄譚の序盤に殺られる役柄だぞ!」
「役柄など気にしてはいけません! 最近は『成り上がり』がトレンド。勇者が奴隷や罪人からスタートすることもしばしば。小魔王様も一発逆転して、世界を支配する恐怖の魔王に成れば良いのです!!」
「それは光溢れる勇者だから出来る話だ! 我には女神の加護も、無駄に強くなる幼馴染もおらん!」
白熱する小魔王と家令ガーゴイルを余所に、魔法は鳴り止んでいた。
第一結界が突破、破壊されたのだ。
ゴブリンたちが突撃陣形を作り、ドルイドたちが真っ赤な火の玉を手の中に宿した。
皆の視線が、王の間の巨大な扉に釘付けになった。
ぎ、ぎぃー、と音を立てて扉が細く開かれた。
兵たちが、ごくりと唾を飲み込む。
中に入ってきたのは、黒い蝶の描かれた白地の着物を着た妙齢の女性だった。
黒く伸ばした髪を掻き撫でつけて、乱れを直すと王の間に視線を走らせた。
その紅の瞳には殺意が込められていた。
「ねぇ、陰険引きこもりのイムスル知らない? あいつに用があるんだけど?」
じっとりした視線に当てられた兵たちは大人しく小魔王までの道を開けた。
海が左右に割れるように、玉座までの道が開かれる。
「し、シフレンデ姉さん?」
小魔王は、今、気が付きましたとばかりに声を上げた。
彼女は、大魔王が第二子シフレンデ、その人だった。
しかし敵では無いと判ったのにも関わらず、小魔王は体を無様に震わせていた。
「イムスル? 何の用か、わ・か・る?」
「あはは、いや、なんのことだかさっぱり?」
シフレンデが口笛を吹くと、肉の腐り落ちたカラスが彼女の肩に乗った。
そのカラスの口の魔力の団子を放り込みながら、シフレンデは言った。
「この子で、使者が来ると伝えたはずなのに。なんだか、森では迷っちゃうし、ある一線を越えようとすると凄い力で吹き飛ばされるし。挙げ句、物騒な魔法に迎撃されたんだけど・・・。なにか知らない?」
「すまない」
「まぁ、いいわ」
小魔王が静々と頭を下げると、シフレンデはあっさり許した。
懐から一枚の紙を取り出して、小魔王に渡した。
黄金の鷲の印で封をされた手紙は、大魔王にしか許されていない。
小魔王は震える手でそれを受け取った。
「なになに。拝啓、我が息子へ。息災であるか? 近頃は戦果の報告がなく心配しているところだ。直接召集して話を聞きたいが、何かと忙しいだろう。シフレンデを遣るから、戦果を報告しろ。汝の更なる活躍を聞くのを楽しみにしている。大魔王スレイムス・・・。なにこれ?」
「言葉通りよ」
シフレンデも疲れたように溜息を吐いた。
「さっそく戦果を報告しなさい」
まだ近くに控えていた家令ガーゴイルが疑わしげな視線を小魔王に送る。
「我が軍の損失はゼロだ!!」
「ふーん」
「我が軍は、森の動物たちを含め数万にも及ぶ生物を撃退した!!」
「へぇー」
「人間どもは戦意喪失して、我の領土に近づかない!!」
「なるほど」
シフレンデは、意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、交戦回数はどうなっているかしら?」
「・・・ゼロだ」
「首級は?」
「・・・ゼロだ」
「切り取った領土は?」
「・・・ゼロだ」
「南を任された三年間、あんたは何やってたの?」
「結界の保守点検と、魔法の改良?」
シフレンデは、頭が痛いとばかりに眉間を揉み解した。
更に胸元から二枚の手紙を取り出した。
「ここに二枚の手紙があるの。あんたの答え次第で変えろ、とお父様は言ったわ」
シフレンデは左手に持っていた手紙を燃やして、灰に変えてしまった。
地面に羽毛のような灰が、はらはらと落ちて行く。
そして残った方を同じように小魔王に渡した。
「えっと、なになに。拝啓、愚かな息子へ。汝の怠慢にはホトホト愛想が尽きた。これにて南方指揮の任を解き、代わりの者を派遣する。この魔の領域から出ていけ。汝の顔など、我は見たくない。備考。この手紙が開封された瞬間よりヘルハウンドが汝に向かって放たれるので注意されたし。大魔王スレイムス・・・。へるはうんど?」
「あら? 知らない? 地獄の番犬よ。定められた範囲内で相手を追いかけ回す、ウザったい奴」
「うそ、だろ?」
「まぁ、あの父様ならこの程度余裕でしそうだけど」
小魔王は、再び震えだした。
「人間の領土に逃げるぞ!!」
長年連れ添った家令ガーゴイルの肩を叩いた。
しかしガーゴイルはそれの手を冷たく振り払う。
「小魔王様・・・。わたしはあなた様にもう仕えたくありません」
「な、なにを言っている!!」
「わたしは、人間の領土など死んでも御免です。奴等は下等なくせに野蛮で、邪悪で、汚物です。わたしたちを動物の延長としか見ていない奴等のところで暮らせません。わたしはシフレンデ様に仕えます!」
「こ、この不忠者め!」
「あら、ガーゴイルさん。わたしに仕えてくれるの?」
「はい、末長く宜しくお願いします」
小魔王は、身内の裏切りに動揺したものの、直ぐに立ち直って近衛オークを見た。
「しゅ、小魔王様、すいません。わたしも無理です。人間はわたしたちオークの事を食肉としか考えていません。魔王様のように強くなければ、殺されてしまいます」
「軟弱者めがっ!!」
小魔王は舌打ちした。
その様子をシフレンデ楽しそうに眺める。
「本当に誰に似たのかしら。部下もクズね♪」
「ぐぬぬ」
「他の人はどうする?」
シフレンデは、王の間に居た小魔王の部下を振り返った。
「「「すべてはシフレンデ様の御心のままに!!!」」」
「ふふ、宜しい」
小魔王も流石に可笑しいと歯噛みした。
「シフレンデ姉さん・・・。魅了を使ったな?」
「悪いかしら?」
「どういうつもりだ?」
「可愛い子には一人旅をさせろって、言うじゃない? たまには頑張りなさい」
「へ?」
「わたしからの、ありがたーいアドバイス。人間の国を一つくらい滅ぼせば、父様も許してくれるはずよ」
シフレンデは小魔王の呆けた顔を見て、爆笑した。
「姉さんに駒全部取られたのに?」
「自分っていう駒があるじゃない?」
小魔王が食い下がろうとするとシフレンデは冷たく突き放した。
「早くしないと、ヘルハウンド来るわよ。今のあんたじゃ食い殺される。喚かず騒がず、消えなさい、負け犬」
小魔王に逆らえる通りはなかった。
悔しさを胸に刻み込みながら、小魔王は人間の領域に自身の翼を使って逃げ去った。