ヒュードルとの決着
まだか!? 少しツラくなってきたぞ。
ヒュードルは相変わらずチマチマした攻撃で俺の体力を削ってくる。このままだと水が抜けても戦闘続行が厳しい。
「勇者様も大変だね~。下等で愚かな人間共の為に痛い思いをして世界の為に死ぬなんてな~」
ニヤニヤした表情で勝ち誇るのはまだ早い。
「あれ? 勇者様は限界かな~? 動きが止まってるよ~」
ギュンっと猛スピードで奴が迫る。
腕を斧の形にして俺の首に叩き付けた。
「勇者様の最期だ! ──なっ、何で効かない!?」
捕まえたぜ。
俺の身体を覆っていた闘気を全て首に集めて防ぎ、すぐさま奴の身体に抱き付いた。一歩間違うと大ダメージだが、首を狙ってきて良かった。
「ギャアアアアアァァァァァァァァ!!」
周りの水まで沸騰し蒸発するほどの熱が俺の身体から発生する。
逃がさない! 俺の体力と魔力がグングン減るが、奴の体力と魔力を奪い回復する。
奴の身体が徐々に縮んでいく。しかし魔族の力は例えレベルが同じでも人間よりもかなり上だ。
俺の体力と魔力が尽きる前に倒し切るのは無理だった。
奴が身体を細くして抜け出すと同時にポーションを取り出し水と一緒に飲む。さすがに水の中だと飲み難い。
「…………これだから勇者はここで殺しておかなきゃならねぇんだ」
イラついたのか凄絶な顔で睨んできた。
警戒する奴に手を向けて威嚇している間に、魔法結晶に貯めた魔力を使い、マジックイーターで回復した。
回復した魔力で体力も回復して、万全には遠いが戦うことが出来るくらいまで回復した。
「しぶとい勇者様だな~。俺っちよりタフだ」
落ち着いて警戒心を取り戻したらしく、口調が戻っている。
もう今の手は使えない。水中じゃ奴のほうが速く、一撃離脱戦法を使われたら動きを捉えられない。
しかし、奴も積極的な攻撃は出来ないから時間を稼げる。水が無くなればこっちのものだ。
それからもチマチマした攻撃でかすり傷が出来るものの、すぐに傷を回復して血が流れる量を減らす。
頼むから早く水を抜いて欲しい。そう長くはもたない。
「さっさと死んでくんないかな!? ちょっとしつこいな~、勇者様?」
奴の攻撃を腕で受けながら、すぐに回復魔法を掛けて傷を塞ぐ。
イラついて連撃を繰り出す時には、防御をせずにカウンターを食らわす。
ダメージを受けるたびに思い出したように距離を取って戦うので、こちらは一撃ずつしか攻撃できん。
だが、立場は逆転している。奴も水が抜ける前に俺を倒さなければチャンスを失う。
焦ってミスが増えてきたので、俺の攻撃が当たるようになってきた。
奴の攻撃を躱して蹴りでアゴを打ち抜く。技を使うと周りの水まで沸騰するので見えにくいが、少しでもダメージを与えたい。
不自由な動きに難儀しながらも奴の身体を3分の1くらい削ってやった。
奴は小さくなった身体に違和感があるらしく、腕を伸ばさないと攻撃が届かないことが増えている。
チャンスなので格闘戦に移り、技を纏った拳が奴に突き刺さる。奴の攻撃が浅くなったので、俺もダメージを覚悟で連続でパンチとキックを繰り出す。
お互いにダメージが蓄積して動きが鈍ってきた時に、部屋を満たしていた水が凄まじい勢いで流れていく。
排出が始まったらしい。水の流れに逆らわず、奴を見失わないようにすることだけ考える。
奴と一緒に水に流される間に、別の魔法結晶に貯めた魔力を吸収して、回復魔法で傷を癒す。
失った血は回復出来ないので身体がダルいが戦闘は可能だ。マリンが治療魔法を練習しているらしいのでその内、造血の治療魔法を使えるようになるだろう。
そんなことを考えていると、俺の身体が壁に叩き付けられた。排水口にぶつかったみたいだ。
空気が水を押し出したので息が出来るようになっている。空気を発生させる仕掛けだったらしいな。
水はまだ足下にあるけど、じきに全て排出されるはずだ。殺気に合わせて横に跳ぶ。
「チッ。さすがに殺れないか~。油断してると思ったのに、やるね~勇者様」
言葉の軽さに反して、忌々しそうな表情で俺を睨む。
「まだ未熟でもお前よりマシさ」
奴の油断を皮肉で返す。ますます顔が強張った。
「さて、逃がさないから覚悟しろよ? ヒュードル!!」
水を蹴散らしながら走り出す。
奴も慌てて腕を伸ばして俺を貫こうとするが、今度は簡単に避けられる。
大きくジャンプして俺から離れようとしたが、それに合わせて俺も跳び上がる。
水中では自在に動けたヒュードルも空中では不自由だ。伸ばした水の槍を掴んで技を放つ。
「グアアアアアァァァァ!!」
奴は思わず腕を戻すが、腕を掴んだままなので一緒に俺まで引き寄せてしまった。
驚愕する奴の顔面を引き寄せられた勢いのまま殴り付けた。
「ギャアアアアァ!! 熱い熱い熱い熱い!」
ジュッと音を立てて奴の身体が蒸発して、また縮んだ。
空中でもがくヒュードルの身体に、両手をハンマーのように叩き付けて床に落とす。
「ガアアア!!」
技を食らった場所から水蒸気を上げて、床で苦しんでいる。
俺は着地を待たずに追撃するが、奴は攻撃を食らう前に跳び退いた。俺の拳が床を砕く。
巻き上がる破片を足場にして接近し、空中で身動き出来ないヒュードルの身体に必殺技を打ち込んだ。
「光神閃光波!!」
俺の突き出した両手から光のエネルギーが撃ち出される。光線は奴の全身を飲み込み壁を破壊する。
さすがに壁を貫通はしないが、俺の残った全エネルギーを注ぎ込んだのでかなりの威力だ。
魔力を回復してから体力を回復する。煙の中から飛び出してきた奴の斬撃を左腕で反らし、空中に殴り飛ばす。剣を抜き闘気と魔力を込めて放つ。
「光神空覇断!!」
剣に纏ったエネルギーが長大な刃となり、ヒュードルを上下に斬り裂いた。
奴の胴体がごっそり蒸発して、下半身が床に落ちた途端に水に戻った。
上半身だけで、引きずるように這っていく。逃げようとしているらしい。
「チクショウ!! 俺っちが敗けるなんて!」
俺に切られた断面が、まだ蒸気を噴いて再生出来ないんだろう。
ノロノロと這っていく奴の背後からゆっくり歩いて近付き、エネルギーを溜める。
眩しく輝く拳を見て、気圧されたように逃げ出すヒュードルの身体に容赦なく必殺の一撃を叩き込んだ。
「ギャアアアアァァァァァァァ!!」
俺の拳が奴の頭をぶち抜いて体内から焼き尽くす。
ヒュードルの身体がボコホコと泡立ち、徐々に消えていく。
「じゃあな。チマチマした戦い方は性に合わないんだ。一気に決めて悪いが、さっさとくたばれ!」
拳が刺さった場所が更に輝くと、室内に響いた悲鳴を残して消えていった。
「終わった…………」
念の為に奴の下半身の水も蒸発させてから闘気を解いた。
もう体力が残ってない。回復しても眠らないと疲労は残る。
身体の疲れは寝るか治療魔法でしか治らない。
「ごーしゅーじーんーさーまぁぁぁぁ!!」
複数の足音とユリアの声が聞こえる。
「トール、無事なの!」
「お兄ちゃん、死んじゃやだぁ!」
「ごしゅじんはアルが守る! 敵! 許さない」
寝転んでるだけで死んじゃいねぇよ。揺するなよ~。寝かせてくれ。
「心配はないよ。どうやら寝ているだけだ。脈もあるし息もしている」
「トール君、いま回復するから。ユリアちゃん達は少し離れてね?」
身体に温かい手の感触がして、HPが回復していく。体力は戻ったが疲労は消えてない。
「おいトール! 大丈夫なら返事くらいしろ。それからならいつまでも寝ていいぞ!」
ダルい身体を無理やり起こして安心させる。
「ヒュードルは倒したぞ。寝かせてくれ」
言うだけ言って意識を手離した。
気が付いた時に感じたのは、包丁の音と食欲をそそる良い匂いだった。
薄く目を開けると机を出して食材を切っているマリンの背中だった。
はるか昔に見たような光景が脳裏に浮かぶ。
「トール君起きた?」
昔を思い出している内にマリンが顔を覗き込んでいた。
「うおぉぉぉぉぉ! いきなり寄るなぁぁぁぁ!」
どうしても身体が反応してしまう。困ったように笑うマリンの表情に胸が痛むが、自分でもどうしようもない。
「お兄ちゃん、大丈夫だよ! ここに3人もロリがいるよ!」
カリンがユリアとアルテミスの肩を押して傍に来た。
お、おぉぉぉ! 俺のロリッ娘だ。震える手を伸ばしてユリアとカリンのお尻を揉む。アルテミスのお尻には顔を埋めておく。
「ん! ごしゅじんはアルのお尻に夢中」
「……あたし、あれを見ると20年後が心配になるのよ。永遠の若さってないかな?」
リーゼの呟きにケビンが答えを探す。
「……どっかには在るんじゃないですか? さすがに20年後は治ってると希望的に見たらどうです? 姫様」
探した挙げ句、無難に済ますヘタレだ。
「いきなりじゃなければ大丈夫だ」
一応だが弱々しい言い訳をしてみる。自分でも信じてない。
「兎に角トール君も起きたことだし。マリン、食事の準備を急いでくれるかい?」
「そうね。その内慣れてくれるわよね。今は食事にしましょう」
ビリーが気遣って話題を変えるとマリンも気を取り直した。
食事と疲労回復をしないと、この先に封印を守るガーディアンが居る筈だ。
神鉄のゴーレムに勝てるのかは判らないけど、ユリアが封印を強化さえ出来ればいいので倒す必要はない。
倒せれば倒してレベルアップしたいが、無理はしない。
ヒュードルを倒して45から48になったが、お師匠が言うには40以降はレベル上げがキツくなるらしい。
食事をしながら作戦を微調整する。当初のコンディションよりも状態が悪いので、作戦を考え直しておかないと危ないかもしれない。
俺の調子が悪いのでビリーをメインに戦うことにした。




