ゴブリンの巣を襲撃する
ドサッと音がして血塗れのゴブリンが崩れ落ちた。周囲には夥しい数のゴブリン死体が散らばっている。
或る者は背中を斬られ、また或る者は心臓を一突きされて絶命していた。
酷いのになると、口から頭部をブチ抜かれている死体や、バラバラに斬られ、怨めしそうな眼で事切れたゴブリンも居る。
「酷いも何も俺が殺ったんだけど」
我ながら容赦がない。ゴブリンなんて雑魚を徹底的にやる必要は有ったのだろうか?
まあユリアのレベル上げには丁度いい相手だけど、逃げようとしなければもう少し優しく殺してやったのに。
「ご主人様、ユリアのレベルが13まで上がりました!」
強くなれば少しは心配が減る。特にユリアはエルフだ。余り街には出てこないので、その珍しさに誘拐の危険も有る。
エルフ特有の妖精魔法は、植物を操ったり成長を促進したり出来る便利な魔法だ。
だからこそ食糧危機を抱える国や、飢饉が起きた際の為に欲しがる奴は多いだろう。
国がエルフ族の保護法を発布している所も有る。俺が現在住んでいるレクス王国にはエルフは少ない。
だからか、特に保護法等はないが、エルフに危害を加えようとすると眉を顰める者も多い。
「レベルを100以上まで上げたいな?」
ユリアの種族は長命なので可能性は有る。
「そんなエルフは他に居ません!魔王じゃ無いんですから……」
過去に居た魔王がレベル200以上だったらしい。当然人間に倒せる筈もなく、偉大な精霊王の力を借りて封印したらしい。
「何にしても強くなるのは良い事だ!強くなれば大事な者を守れるからな」
「はい!ご主人様は死なせません!ユリアとずっと一緒です!」
さすがに寿命が違うから、俺の方が先に死ぬだろう。でも俺とユリアの子供が居れば寂しさは紛れる。
ゴブリンを倒して巣である洞窟に入ると、ユリアが服を掴んで腰が引けている。
「恐いか?外で隠れてても良いぞ?」
「だっ、大丈夫です!暗いのが嫌なだけです!」
夜は大丈夫なので、やっぱり洞窟が恐いんだろう。
暗いといっても壁にぼんやりと光る石が混じっているので、それほど問題なく戦闘は出来る。
奥に向かって歩いて行くと、道の途中に幾つもの枝道が有る。確かめると10畳くらいの小部屋に、獣の皮などが敷き詰められていた。
ただのゴブリンの寝床だろう。ゴブリンは外で倒したので、もぬけの殻だ。
念の為に他の部屋も調べるが、残っていたのは妊娠中のメスゴブリンだけだった。
エルフ族にとってゴブリンは森の恵みを荒らす天敵だ。繁殖力が凄いので食糧を大量に必要とする。
「妊娠中のメスゴブリンを1匹残せば、数ヶ月後には数十匹に増えます!絶対殲滅ですよ、ご主人様。ユリアが頑張ります!」
まあ腹が醜いくらいに膨れて身動き取れない様だし、ユリアのレベル上げにもなるので異存は無いが。
俺としては、残せばまた数ヶ月後にレベル上げが出来て嬉しいけど、それまで森が荒らされるのでユリアは倒したい様だ。
「シルフィール!力を貸して下さい!」
ユリアが手の平を突き出しゴブリンに向ける。部屋の入り口に立つ俺達を、騒ぎながら睨んでいたゴブリン達が、風の刃に切り裂かれていった。
「ユリアの力だと余り威力が出ません。ご主人様どうしましょうか?」
まだ生きているゴブリン達を見てユリアが訊いてきた。身動きの取れない相手を仕留められないのが、ユリアにはショックだったらしい。
レベルが上がり、強くなったと思ったところだったから、ショックも強いのだろう。
「レベルが上がれば精霊魔法の威力も上がるのか?」
普通の魔法はイメージとどれだけ魔力を注ぎ込むかによって威力が変わる。
1度に使える魔力には個々人に上限が有るが、訓練で上がりはする。
空間転移の魔法も距離が延びたし。
「精霊魔法は精霊さんと契約をして、力を借りて行う魔法です。精霊さんに魔力を渡して力を借ります。なので魔力量が増えれば威力も上がりますし、直接召喚すれば精霊の力を全て引き出す事が出来るのです!」
なるほど、精霊はこの世界とは別の、精霊界という精神世界に存在する精神生命体らしい。
魔力が無ければこの世界に実体を持てないから、直接召喚するには大量に魔力が必要なのだろう。
魔王を封印した精霊魔法の使い手は、レベルが80以上有ったと伝承に有るし、いろんなマジックアイテムも使い、万全の体制で臨んだらしい。
「取り敢えずレベルを上げる事と魔力の扱いが巧くなる必要が有るな。あとは精度を上げて急所に命中させるか、単純に一点集中で狙い撃ちするくらいか……」
「ユリアには難しくて直ぐには無理ですよ?」
「練習は時間を掛けるのは当たり前だぞ。レベル上げだけじゃなく、技術も高めていこう!」
納得したユリアに、止めの一撃を撃たせて練習させながら、他の部屋のメスゴブリンも倒していった。
1番奥らしき所に行くと、部屋の中から唸る様なイビキが聴こえる。
こっそり覗いて見ると、ゴブリンキングと妊娠中のゴブリンクイーンが居眠りしていた。
ゴブリンキングは、数千匹のゴブリンを統率する事が出来る最強のゴブリンで、体長は6メートル近く有り、レベルは64も有る。
ゴブリンクイーンは、1度に数十匹のハイゴブリンを産み出すキングのつがいだ。
体長は5メートル強有り、レベルも47だ。
ハイゴブリンは成長するとキングやクイーン、ゴブリンジェネラルやゴブリンナイトになるので倒して措きたい。
俺のレベルは27でユリアは15。本来なら撤退して冒険者ギルドや国に報告するべきだが、まだハイゴブリンは産まれておらず、クイーンは妊娠中で動けない。
キングは眠っていて不意打ちが可能。レベルイーターで弱体化させれば、倒せる公算は充分有る。
普通に倒した方が経験値は貰えるが、倒せないから弱体化させるか逃げるしか無い。
弱体化しても厳しいなら、空間転移で逃げよう。
「…………ご主人様、逃げましょう。さすがにキングとクイーンには勝てません」
驚いて固まっていたユリアが逃げる事を提案する。当たり前の話だ。
しかし俺は、レベルイーターを発動してキングとクイーンのレベルを奪う。
キングのレベルが37に、クイーンのレベルは20まで下がった挙げ句、俺のレベルが32まで上がった。
キングの最大HPも1439から871まで下がったので、ライフイーターで奪えば更に弱体化出来る。
ライフイーターは同じ相手には時間が経たないと使えないが、クイーンが居るので回復に使おう。
俺の最大HPは286だから、それ以下に出来れば瞬殺出来るけど、最初の不意打ちでどこまで下げられるか。
「ユリア、お前は部屋に入らず全力の精霊魔法をキングに撃て。俺は奴と戦うからサポートに徹してくれ」
ピンチになったら逃げればいい。
「……ご主人様、ゴブリンキングは強すぎます。ユリアの魔法だとダメージが有りません」
下がったとは言えユリアの倍以上のレベルだ。確かに大したダメージにはならないだろう。
「問題ない。奴に煩わしいと思わせればそれでいいんだ」
集中力を奪うだけでも戦い易くなる。
「………………わかりました。でも気を付けて下さい。危なくなったら逃げましょう」
ユリアの精霊魔法の準備を待ち、不意打ちをする。
「いくぞ?……やってくれ!」
眠っているゴブリンキングの首に鋭い風の刃が数十発放たれた。的がデカイので殆んど命中するが、薄く皮を裂いただけだった。
「グギャアアアアアアアアッ」
寝起きが悪いらしく、口からヨダレを垂らしながら叫び回り、巨大な棍棒を地面や壁に叩きつけて怒り狂っている。
その口を狙って、圧縮した炎を槍にして撃ち出した。薄暗い洞窟に明かりが生まれて、ゴブリンキングの口に吸い込まれた。
「ギャアアアグギャアアアッ!!」
ゴブリンキングの口から顔に掛けて、炎が蹂躙する。痛みの余り膝を突いた。
俺は間髪入れずに奴に向かって走り出す。気付かれたが、ユリアの杖に込めた魔法が顔に当り思わず目を閉じた。
チャンスとばかりに飛び上がり、魔力を込めた剣を奴の首に叩きつけてた。
断頭台の死刑囚の様に、無防備に剣を受けた奴の首に刃が僅かに食い込んだが、硬くて斬り落とせない。
その瞬間、俺の全身に衝撃が走り、跳ね飛ばされた俺は、背中を壁に打ち付けて落ちた。
「ぐうっ、いてぇ。馬鹿力のアホめ!!」
どうやら振り回した腕に吹っ飛ばされたらしい。直ぐにクイーンからライフイーターで生命力を奪い回復する。
キングが走り、合わせて俺も走り出す。棍棒を振り上げ、降り下ろすタイミングで、軽く後ろに跳ぶ。
俺の少し前に打ち下ろされた棍棒を足場に跳躍する。攻撃の際に中腰になったままの奴の顔に、剣を突き刺す。
火傷で皮膚が爛れていたので、今度は突き刺さる。更に暴れる奴から入り口と反対に跳び、距離を取ると、ユリアの魔法が背中に命中してキングの集中を乱す。
ユリアの方に向かって行く奴の足首を後ろから斬り付けて、瞬時に離脱する。
かなり広い部屋なので可能な戦法だ。出来れば空間魔法で近付かずに攻撃したいが、穴を開けるだけなので斬撃が出来ず、突きでの攻撃しか出来ない上に、空間を隔てているので体重が乗らない。
更に言えば、魔法の使用中は剣に魔力を込めるなどの魔力操作は現在の俺には無理だ。
人間相手なら大丈夫だが、強い魔物だと腕力だけでは分厚い皮膚や筋肉を貫くのは難しい。
危険だが、魔力を込めた剣で接近戦を仕掛けるか、魔法攻撃しかない。しかし魔法だと口などを狙っても致命傷にならない。
結構魔力を込めたのにあの程度では、先に魔力が尽きるだろうから実質、接近戦しかない。
ユリアの魔法で集中を乱し、剣を動脈に斬り付けて血を流させる。体力を消耗させてライフイーターで止めだ。
血を失い、徐々に動きが鈍ってきたが気は抜けない。相変わらずの豪腕だ。
砕けた地面の所為でこちらの動きも制限されている。集中が途切れたらダメージを喰らいそうだ。
「グギャギャギャギャ!」
俺の疲労を嘲笑う様に、血だらけで愉悦の表情を浮かべる。
「クソッ!どういう体力だ!」
熱くなっては駄目だと解っていても、敵のしぶとさに辟易してつい愚痴が出る。
6メートルの巨体に踏み潰されない様に足を斬り続ける。血を失ったからHPは回復して無いが、最初に付けた首の傷からは既に血が止まっている。
奴の体力を回復させない為にも休む訳にはいかない。苦しくても我慢だ。
ユリアの方は、魔力が尽きたらしく援護も止まってしまった。心配そうに言い付けを守り、部屋には入らない。
クイーンから魔力を奪って、回復した魔力で魔法攻撃をする時だけが休憩時間だ。
斬り付けようと足を踏み出した瞬間、足下が崩れてバランスを崩してしまった。
それを見逃してくれるほど甘くは無く、容赦なく俺の身体を棍棒で殴り付けた。
「ぐあぁぁぁぁ」
命中と同時に浮き上がる俺の身体が地面に叩き付けられて、何度か跳ねて投げ出された。




