とあるバーでの話
短編では2度目まして、旭日千冬でございます。
衝動的に思いついて、投稿しました。
楽しんで頂ければ幸いです。
とあるにぎやかな街の一角。少しだけ大通りから外れたビルの地下に一つ降りたところにバーが一つ。
私がこのバーを始めて早40年。人を見る目はある方だと自負している。
「マスター!いつもの頂戴!」
ここ2年程前からとある女性が自分の店の常連になった。年は40を過ぎたぐらいだろうか。彼女は毎日というわけではないが、かなり頻繁に訪れる。そして必ず男と来るのだが、その顔は一定ではない。連れてくる男が毎回違うので、頼むものもカクテルや日本酒、はたまた焼酎とばらばら。だが彼女はいつもウィスキーのロックを頼んだ。
そして気になるのはその女性ばかりではない。
「……ふぅ」
最近訪れる男性もそうだ。こちらは毎日やってくる。いつも奥のカウンター席に座り、溜め息片手に縮こまったように飲むのだ。安い酒1本頼み短くて1時間、長いときは3時間以上飲んでいく。
しばらくかの女性と男性を見ていて、私はあることに気がついた。
男が長い時間飲んでいる日はあの女性がいるときに限ってだったのだ。
今日もまた、男は疲れきった顔をして苦しそうに飲んでいる。
私はどうにも見てはいられず、とうとう話しかけることにした。本日は幸い、自分と男のふたりしかいない。
「……辛いお立場ですね」
私の言葉に男は顔をあげた。
「分かっていたんですか」
男は驚いたような、そんな顔をする。
「さすがマスターだ、見る目が違う」
男からまた1つ溜め息が零れた。
「全く嫌なものですよ。上司の奥さんの浮気調査だなんて」
これは言わないでくださいね。と男は一言付け加えた。
どうやら私の目はまだ未熟なようだ。
あの最後で初めて会話を交わしたのを最後に、男はとうとうやって来なくなった。もう調査とやらは充分なのだろうか。
男が来なくなり数カ月経った。そんなある日のことである。
その日は雨の所為か客足が伸びない。そうしてようやく静さが馴染んだ頃。
ようやく客が来たことを告げる足音が届いた。視線を店の中から入口に向けると、あの女性だった。傘はさしていたのだろうが、しとりと髪が濡れていた。
だが、今日は男を連れておらず1人。女性はいつもの席に腰掛けた。
「いつもの頂戴」
「今日はお一人ですか?」
「なんか好きでもない男に抱かれるのも飽きちゃって」
かろんと氷がグラスの中で回った。
「だから、好きな人に抱いてもらうことにしたわ」
女性はとろんとした瞳でグラスを軽く振る。
「旦那さんに?」
「あ。もしかして知ってた?」
客から聞いたとは言えず、なんとなくと言葉を濁した。
「さすがマスター。目が違うわ」
「……ありがとうございます」
少し心にもやがかかった気がした。
「でも残念。旦那じゃないの」
女性は得意気に続ける。
「あの人は私じゃなくて、ただ私の父親のお金にご執心なのよ。あんな人に抱かれても嬉しくもないわよ。それに今離婚調停中だからなおさら」
離婚とはきっと女性の浮気が原因なのであろう。しかし執心しているお金を放棄してでも離婚とは、相当独占欲の強い人物と思える。
「だが裁判にするとは。お金もかかるだろうに」
「笑ってあげてマスター。旦那、基本頭弱いのよ」
くすくすと女性が笑った。すると新たに疑問が生まれた。
「では好きな男性とはここで待ち合わせを?」
「ええ。ずっと待ってるの。もう2年になるかしら」
「は?」
女性はようやく酒を口にした。そして立ち上がる。すると女性の顔がぐんと近づいた。否、女性が私の頭を掴んで近くに寄せたのだ。
「な……っ!」
「ん…」
そして女性は私に口づけをした。
女性が含んでいた酒が自分の中に入り込み、熱さと一緒に喉を通った。
「マスターってこっち方面には目が鍛えられてなかった?」
「あ……」
「待つの飽きちゃった。2年もマスターだけ見てたのに気がついてくれないんだもの」
女性が首に手を回す感覚を感じながら、頭がぼうとした。
ああ、私の目は随分と使い物にならないらしい。
……どうして衝動的に思いつくものは、裏をかきたがるようなものに偏るのでしょうか。
時間が空いたら、少し手直しするかもしれません。
地味に連載持ってます。よかったら覗いてください↓
「bird servant」
http://ncode.syosetu.com/n7211bh/
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