危ない橋も一度は渡れ、いや渡らねぇよ?
一章です!
とりあえず今はここまで。
これからじゃんじゃん続きを行きます。
―――5月5日 PM:11:45―――
「はぁ……はぁ……」
俺、葉崎浩人はひたすら体を動かし続ける。
体力は既に限界だ。だが、止めるわけにはいかない。
こうなるなら日頃運動しとけば良かったと思う。
でもきっと三日坊主で放り出すんだろうな、と想像してみるが確実に蓄積された痛みが俺の煩悩を掻き消していく。
だが、こんな事でも考えてないと今はとてもやりきれない状態なのだ。
「っつたぁ!!」
体の向きを無理やり変えて別の道に逸れる。
別に何処かに行きたいわけじゃない。
視界に入ってくる道をただひたすら突き進んでいくだけである。
後ろを振り返る暇は無い。いや、振り向いてはいけない。
しかし疲労の間に垣間見えた好奇心は瞳をチラリと後ろに向ける。
が、直後、
ドゴオォォォンン!!
何か巨大な物がぶつかる轟音が耳を刺激する。
その音を聞いた瞬間、俺の目は反射的に視線をずらし、また足を動かす動作へ戻った。
きっと音を発した原因の正体を見たくないのだろう。
全力疾走。
強烈な向かい風が俺の体を包み込む。
もう一度言うが、俺は何処か行きたいわけじゃない。
風になりたいなんて青春染みた事を言いたいわけでもない。
俺は今―――――――――――――――
――――――――――――死の瀬戸際から逃れるために、走っているのだ。
背後を死に追われ必至で逃亡を繰り広げる中、それを眺める少女がポツリといた。
「無駄な思考に耽っている暇があるのですか?」
少女の抑揚の無い声が小さなインカム越しに響いてくる。
自分の鼓動を刻む音が少々邪魔だが、指示を聞くには問題ない。
「っ、う、せぇな!!今逃げてん、だろうが……っ!!」
「……私に当たらないでください。そんな余分な感情を抱く暇があるなら走ってください。ほら、そこ右です」
「クソ!!わーった、よっ!」
指示通りに走っていた路線を変更し、右に見えた道に身を投げ出すように曲がる。
曲がると同時にビニール袋の中に入っているアイスが瑞々しい音を立てている。
あぁ……もう最悪。
「はぁ……最初から私の言うルートに行けば、貴方も無駄に走らず済んだのに……」
「んなもん!!あんな怪物から追われたら、誰だって心に余裕ねぇだろ!?」
「そうですか、貴方は所謂Mと言う趣味の持ち主ですか」
「ちがっ!!!つか、話聞けやっ……ごほっ!」
体が急激な酸素交換を強要してくる。
喉の異様な痛みもあり、体さらに痛めつけられた。
「ほらほら標的も追いついてきてますよ」
「!?」
耳から入った情報を聞いて後ろを確認する。
「キシャアアアアアアアァァァッ!!!」
空を切り裂いて伝わる咆哮。
思わず耳が抑えたくなるほど鼓膜を振動させてくる。
鋭利な牙に、強靭な巨体とそれを支える巨大な足。
全身漆黒に染められた体はこの世の生き物からはかけ離れた姿をしていた。
獲物を捕らえた奇妙な眼の矛先は俺に常に向いている。
「クソ野郎がぁああああああ!!!!」
標的は間髪入れずに迫って来る。
コイツ……疲労を知らないのか?
俺は普通の中でも影のうっすぺらい紙ぐらいの存在しか無い高校生だぞ。
あれだよ。
主人公的な奴だったら、なんか異能な能力が発動するんでしょ?
残念ながら俺にはありませんよ!!
俺は脇役だ。寧ろ誰かを引き立てる為にしか生きられないんだよ。
「滑稽ですね。ほんと」
「あ・た・り・ま・え・だ・ろ!!!」
「悔しかったら、自分でどうにかしてみたらどうです?」
「はぁ!?何言ってんだお前ぇ!?今更………」
と俺は込み上げてくる思いをインカムに叫ぼうと至ったが、ブツンと通信を切った音が聞こえた。
「ちょっ、おまっ!?おい、どうした?」
焦って何回も呼びかけるが応答は無い。
あの野郎完全に切りやがった………。
そこに追い打ちをかける様に
「キシャァァアアァアアア!!!」
今まで地面を抉る様に四足歩行していた標的の体から突如翅が生え、上空へ飛行し、回り込むように離れていた距離を縮めてきた。
そして重々しい翅音を羽ばたかせながら、俺に襲いかかってきたのだ。
「嘘だろ………?」
辺りを見渡すが、道こそはあるもののそこへ逃げたとしても標的との距離を引き離す事は出来ない。
まず逃げ直す程の体力がもう残ってはいない。
アイツとの通信も切れちまったから指示と作戦も聞けない。
完全に逃げ場を失った俺の体は今までの疲れが抜けるようにその場に座り込んでしまった。
「は……はは……」
全てを理解した。
死の鬼ごっこの敗者が決まったのだ。
敗者に待つのは死。これから待つ死への恐怖心と怒涛の疲れからの解放感を同時に味わうのだろう。
「笑うしかねぇだろ………」
ドスン、と標的が俺の近くで着陸する。
そして獲物の俺に向かって睨みつけながら咆哮を響かせた。
空気を揺るがす咆哮と同時に出た標的の唾液らしき液体が大量に顔に付く。
「おいおい、少し離れてるのにここまで飛んで来るのかよ。汚ねぇな……畜生……」
唾液らしき液体の強烈な臭いが鼻腔を擽る。
とにかく酸素を補給したい俺の体は滅茶苦茶な呼吸を繰り返している為、その臭いの感覚は体の全てを巡り脳へと伝わった。
普通、走り終えたランナーなどにはスポーツ飲料やお茶などを差し出してくれるのだが、俺に差し出されたのは気絶しそうなくらい理解不能な臭いをした唾液だった。
全く……ちょいと失礼じゃないのかい。
対戦者をもっと労えよ。
「ギィシャアアアァアァァァアア!!!」
目の前まで来た標的が最後に吠え、そして待ち望んでいた獲物に対して躊躇う事無く巨大な爪を振り下ろす。
俺は静かに目を瞑った。
そして両者に勝敗の結果がその身を持って告げられる。
「お前の負けだ。怪物野郎」
瞬間、標的の体が刹那の呻き声と共に弾け飛んだのが分かった。
「うっわ……本当に汚い……うぷっ」
俺はタイミングを見計らって目を開けたが、そこには粉々に散らばった標的の体が散乱していた。
更に自分の服には標的の体液らしき物がべっとりと付着している。
その何色か判断し難い(寧ろ、したくない)体液からと散乱した標的体の部分を見てより一層吐き気が増す。
つかもう吐いてもいいかな?
「素晴らしい。正に汚い汚物ですね」
ふと自分の背後から声が投げかけられる。
聞き慣れた声だからこれは焦る事では無い。
コツコツとブーツの音を鳴らしながら歩いて来るその正体はさっきインカムから声が流れていた少女だった。
「うるせぇな、誰が汚物か。リディア」
リディア・デウスクイヴィナーリ。
膝まで伸びた漆黒の長髪に、焔を彷彿させる真紅の瞳。胸元が空いた黒のレースとフリル、それとは対照的に丸で絵具を塗り潰した純粋な白い肌。見た目はまだ幼い体をしており、西洋の人形を見ているかの様な不可思議な可愛らしさをしながらも異形な風格を感じさせる少女。
誰もが一見すればで見とれてしまう愛くるしさを醸し出し、その幼さから異国から来日した子供くらいに思われるだろうが彼女が手に持っている物が全ての軽視した印象を壊し、彼女の存在を物語った。
リディアが片手に持っているのは自分の背丈を遥かに上回る大剣。
それだけで既に物騒を超すレベルの話なのだが、リディアの持つ大剣は更に逸脱している。
巨大な片刃剣に射出機能があるライフルが組み込まれており、リディアの話だと他にもまだ機能が内臓されているらしく謎が多い合成武器となっているらしい。
それ故か、複雑な形状をしていて見ているだけで所持者、もといリディアがただの少女では無い事を明白に証明している。
「お前、もっと分かりやすい様に作戦組んでくれない?俺もう少しで死ぬとこだったんだけど!?」
「浩人、貴方は誤解しています」
「あ、何がだぁ?」
「私が悪いのではありません。貴方が馬鹿なのです」
やたら俺が馬鹿なのだと顕著に言うリディア。
「あれですか?喧嘩売ってますか?」
「哀れです。誰もそんな事は言っていないのに……、貴方の脳は理解力が無いようで」
「こっのクソ幼女!!」
と俺が正義の鉄槌を食らわしてやろうと殴りかかろうとした瞬間――――――――――――
バァン!!!
「………へ?」
「後ろ」
「え?」
言われた通りに後ろを確認する。
するとそこには再起不能になったはずの標的の頭に新たに弾が撃ち込まれていた。
「死んでなかったのかよ……?」
「コイツはどうやら体をバラされても脳だけ生きていれば動くみたいです。仕事内容の欄にも特徴として書かれていました」
「おまっ!!それ早く言えよ」
「あっけなかったですね、狩猟№226インフィリア」
標的の姿を見て鼻で笑うとリディアはそのまま現場を立ち去った。
「無視ですか……もういいや」
俺も諦めてその場から去ろうとする。改めて生々しい標的の死体を流し目してまた吐き気を催し始めた。
離れる際にコンビニで買って来たアイスの状態を見たが、あれだけの闘争劇で耐えられなかったのだろうか溶けており、美味しそうなアイスは標的の体液やらと混じって気味が悪い謎物質となっていた。
さすがに持ち帰る訳にもいかないのでエグい死体達の中へビニールごと投げ捨てた。
すると何かを思い出したのか遠くにいたリディアが「あぁ」と言ってこちらへ戻って来た。
「貴方はさっき死ぬところだったと言っていましたね、浩人?」
「あん?そうだよ。あんなギリギリの作戦これから―――――」
リディアは手を出して遮った。
「私の作戦で貴方が死ぬ事はありません」
「あ?」
何を言い出すんだか、と呟いたがリディアは気にも留めず話を続ける。
「貴方は確かに何か強い能力がある訳でも無い。ましてや身体能力もずば抜けている訳でも無い。人生の中でも目立つ事は無く、何か起こした事も無い。正に脇役です」
「今更何言ってんだよ。嫌味か?」
「しかし脇役は使いようによってはただの無能なだけではありません」
「何が言いたいんだよ?」
「最初に会った時も言ったでしょう?」
リディアは剣を突き付けて述べた。
「私の右腕になりなさい、と。私の右腕になり私の為に役立ちなさい」
それを言われて俺は不思議と納得してしまった。
いや、納得したんだ。
俺は思い出した。コイツと契約した時の事を。
俺は確かに脇役だ。けどあの時から俺はコイツの右腕になった。
―――――――――彼女、賞金稼ぎリディアの右腕として。彼女を目立たせる為に。
「それと」
「?まだ何か?」
剣先をさっき放り投げた袋へ移動させた。
「アイス、買い直してください」
「………は!?」
「バニラチョコチップですよ?あと、わたパチも忘れずに」
そう言って彼女はまた歩き去って行った。
「………台無しだ」
俺は葉崎浩人。職業は高校生。
それと………
賞金稼ぎの右腕やってます。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
勿論、続きます。
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