この手を汚すことなど躊躇いはしないから
「胤麗、ちょっとおいで」
そう睡湖に呼ばれて出て行くと、応接室には様々な珍しいものが取りそろえてあった。
服や靴もあれば壺もある。
楽器のようなものもある。
用途の想像がつかない物も山のように積んである。
睡湖のもとには、世界各国を回っては珍妙なもの物騒なものを売りにくる商隊がよく訪れるが、今回もその一つなのだろう。
見ると睡湖の隣には真っ黒の布に体を包んだ商人らしき人物が立っていた。
私には全く理解できないけれど、それでもこの商品は普通の人が一生かかってもそれこそ十回くらい人生を繰り返したとて手に入れることの出来ないような価値のあるものらしい。
しかし、ここに呼び出されても私はなにも出来ない。
述べるべき意見も出てこない。
「睡湖、何?」
尋ねると、睡湖は小さい何かを投げてよこした。
うまくうけとる。
手の中には小さな短剣があった。
鞘と柄が綺麗に納まっていて一見飾りのようにしか見えない。
それでも鞘をとると鋭利な両刃の短剣が現れた。
鋭い刃先にそっと触れようとしたら、商人の男が何かを睡湖に呟き、睡湖から鋭い声が飛んだ。
「胤麗、その刃先には毒が塗ってあるらしい」
その声を聞いて私は手を引っ込めた。
「特殊な加工をしてあるので永久的に毒は効果を持つのだそうだ。そしてその毒はじわじわと体を蝕み生きたまま腐食させ、触れたものは絶望的に苦しむらしい」
私は刃先に光をきらきら映し、そして鞘に仕舞った。かちり、と音がして鞘と柄がくっついた。
仕舞われた姿は綺麗な飾り物でしかない。
綺麗なのに物騒だ。
…睡湖に似ているのかも知れないと思いながら見ていると、睡湖は言った。
「其れをお前に買ったんだ。持っていなさい」
私は頷いた。そして、また直ぐに部屋に戻った。
机の上にその短剣をのせて眺めていた。
眺めても別に何も変わらない。
不意に私に戦い方を教えてくれた人の言葉を思い出した。
「どんなときも、何か一つ武器を持っていなさい。本当の武器でなくても構わない。玩具のような短剣でも文具でも装身具でも何だっていい。戦えるものを。いざというときに大切な人を守れるように」
その人は、大切な人を守る為、髪留めで自分の喉を切り、秘密を漏らすことなく、死んだ。