ひいらぎ 3
ぱりん
世界の壊れる音がした。
睡湖の屋敷に来てから五日経った日からひいらぎは飲食を止めてしまった。
私は心配になり、食事を食べるように促したけれども、何故かひいらぎは微笑みながら首を横に振った。
その笑みがあまりに鮮やかなものだったので、私はひいらぎが人形ではないことをふいに思い出した。
何も食べず何も飲まず動くこともなくなり、ただ籠の外を遠くを見つめているだけのひいらぎ。
しかし、声だけは変わることなく、歌声は時折唐突に響き流れた。
元々華奢であったひいらぎは骨と皮だけに痩せ細っていった。
そして断食がはじまった丁度一週間後、ひいらぎは死んだ。
何故ひいらぎが飲食を止めたのか、結局誰にも語ることなくひいらぎは逝った。
私には彼女の気持ちは全く理解不可能であったし、睡湖もわからないと言った。
睡湖にわからないものなど私にわかるはずもなく。
きっと私の半身では無かったのだろうか。
あるいは本当の半身であったが故、一身になれない現実を嘆いていたのだろうか。
ただ、あの歌声が二度と聞けないことか、あの美しい声で話しかけてもらえないことか、何かが悲しくて胸がいっぱいになり、睡湖の背中に額を押しつけて耐えた。
目から一筋、水が垂れた。
睡湖はこの訳のわからない結末をどう思ったのだろう。
詰まらないと思っているかもしれない。
涙を拭った後、睡湖の顔をこそりと見やった。
その美しく冷たい笑いと言ったら。
ああ。
きっと私があまりにひいらぎに傾倒したのが面白くなくて睡湖がひいらぎに食事をさせなかったのかも知れない。
こうして私は何かを手に入れかけて、手に入れる前に失った。
喪失の痛みは埋められることなく、じくじくと蝕んでゆく。
この手には何も掴めやしないのだと苛まれるよう。
空には満月が煌々と輝いていた。