旅行にいくヨ! 2
「わー、すごい。本当に白菜そっくりー」
「思ってたより小さいね」
大きな展示ケースの中にちょこんと鎮座したヒスイの細工を見ながら隣のキノエとミカが感嘆の声を上げた。
どうも那珂川リクです。
オレは今ゴールデンウィークを利用して、二人の彼女と一緒に台湾の台北市は国立故宮博物院に来ています。
まさか日本に戻って二か月も立たずにまた海外へ行くことになるなんて、この海のリクの目をもってしても見抜けなかったよね。
福岡発が十一時、飛行機の移動で約二時間半かけたのに台湾到着は十二時半という時差のせいでバグみたいな挙動を味わったあと、空港からは荷物を抱えたままタクシーでの移動である。
なお本旅行の幹事であるキノエさんに「もしかしてツアーとかお申し込みでない?」と確認したところ「リクがいるから大丈夫! お財布はあたしに任せて」という力強いお返事を頂いた模様。
行動力は二人(主にキノエ)が担保し何かあればオレが通訳という想定らしい。
まぁ別に観光客相手の道とかバスとか電車で路線をたずねるくらいなら英語も通じるだろうし全然構わないけど。
受験も終わってない数か月前にこんな投げっぱなし&贅沢なプランで旅を用意していたことにちょっとビビる。
やっぱり彼女にはブレーキが必要なのではなかろうか。
問題はオレにはとてもできないことだが、しかしミカと二人がかりなら……?
「ね、ね、リク。見てみて、葉っぱに虫ついてるんだって」
そんなノンストップガールなキノエがオレの腕を引く。
いや無理か。
腕力だけじゃなく、なによりその楽しそうな様子に逆らえないのだった。
彼女って素敵やなって思いながら彫刻に目を凝らす。
「へー、芸細じゃん、これバッタ?」
「バッタとキリギリス。多産の象徴だって」
オレが口にした疑問にパンフレットとスマホを手にしたミカが答える。
感覚派のキノエに対し、彼女はしっかり準備するのが好きなタイプだ。
でも成績はわりとキノエが上だったりしたらしい。
うーん、世の中ままならない、ね。
「――ちなみにさっき見たお肉と違って着色してないって」
「ふーん、素材の味か」
白と緑のグラデーションが天然とか自然の神秘を感じるね。
「さすミカ。ミカペディア」
あとキノエさんその褒め方雑すぎない?
「てかあっちのトンポーローは染めてあんの?」
「うん。そう書いてる」
「へえ」
なんだろうな、ちょっと残念に思ってしまうこの感じ。
そんなシンプル美味そうだった角煮風の彫刻には「肉形石」とか身もふたもない名前がついていた。
こちらのヒスイの彫刻は「翠玉白菜」だったからまだ多少格好がついている。
「あれ、おいしそうだったよねー」
「わかる」
「夜飯あれにする? 多分あると思うけど」
「採用! あれも食べよ」
ちな「も」で察せられるだろうけど、元アスリートな二人は基本なんでもいっぱいかつおいしそうに食べるので、女子と付き合うのがはじめての男子にも優しい存在だ。
多分重文級の価値はあるね(確信)。
それにしても周囲のそこそこでかい(控えめな表現)声を聴いているとカナダ時代にアレックスに連れていかれた中華系モールを思い出すな。
もっともあの時より日本人グループを見かける頻度も、日本語が聞こえてくる頻度も高いけど。
「でもあのサイズだと持って帰りたくならない?」
別の展示室へと向かいながらキノエが物騒なことを口にした。
「発言には気を付けてもらって」
「ガラスどうするの?」
そうじゃないよねミカさんもさあ。
ほらー、キノエが力こぶ作ってるじゃん。
さすがに割れないと思うよ?
「リクならどれが欲しい?」
「言い方。どれが好きで良くない?」
「じゃあどれが好きー?」
もしかしてこの子、望めば何でも手に入ると思ってないだろうな。
いや、さすがに思ってないだろうな。アスリートだし(納得)。
「んー、なんだろ。あの象牙の丸いのかヒスイの屏風?」
「サファイアね」
とりあえず一番の大物っぽいのを挙げるとミカペディアの訂正が入った。
え、それ値段的には価値上がらない?
もうちょっと見ておけば良かったな、と我ながら俗っぽいことを考える。
「綺麗だったけどおっきくて持って帰れなくない?」
「いい加減お持ち帰りから離れてもろて」
なお彼女さんは違う意味で俗っぽい模様。
生まれついてのコンキスタドールかな?
「多分ああいうのってレプリカとか売ってんじゃないかな」
知らんけど。関連グッズは定番だし。
「私、ストラップが欲しい」
「どっちの?」
「お肉」
むふーと息を吐くミカはやる気満々である。
お土産、無かったらどうしようなこれ。
多分大丈夫だろうけどちゃんと商売っ気持っててくれ台湾の人、金印を擦り倒してる我が地元の博物館みたいに……!
「じゃああたし白菜!」
「鍋の具材かな?」
言い方よ。
なんにつけても割とシュールな絵になりそうだな。
「なんかお鍋もあったよね? 金属のやつ」
「鼎ね」
「じゃあそれも買わなきゃ」
「鍋パする気満々じゃん」
角煮は使わないと思うけども。
「リクはあの寝っ転がってた赤ちゃんのやつね」
「人の選択権をはく奪するのやめね?」
「ならお肉で私とおそろいにする?」
「横中も『なら』じゃなくてさあ」
「え、ミカだけズルくない? じゃあ白菜も買ってよ、あたしともおそろい!」
「それオレだけ食いしん坊みたいにならない?」
「ふふ」
「あははは!」
オレの感想がツボに入ったのか二人が笑い声をあげる。
彼女たちが楽しそうで何よりです。
その後に併設のミュージアムショップで無事に白菜と角煮がセットになったストラップが売られてるのを見つけ、三人でそろって食いしん坊になった。
§
「うわー」
「あっちい……」
館内から出るとむわりとした空気がオレたちを待ち受けていた。
福岡より緯度の低い台湾の気候は、体感で一月くらい進んだような感じである。
五月の頭でもすでに六月のような湿度と暑さを感じる。
うすうす覚悟してたとはいえ、西岸海洋性気候で三年間甘やかされたオレからするとちょっとした地獄だった。
夏はそこまで暑くならず湿度も低いリッチモンドは間違いなく気候的には過ごしやすい街だったからな。
夜になっても明るいのだけは結局慣れなかったけども。
「あ、来た来た」
「お願いしますー」
そんなことを考えていると、頼んでいたタクシーがやってきたので車内に逃げ込むべく、トランクへ荷物を突っ込んだ。
配置は二人が後部座席、オレが助手席になっている。
二人にはドライバーの隣に座ってほしくないなあとヤキモチ風に理由をつけたが、実際のところはオレが後ろに行くともう一人でもめそうだったからだ。
賢いオレは楽しい旅行にするためにどうすればいいか考えました、その結果である。
これは多分彼ピポイント高いのではなかろうか。誰か褒めて欲しい。
英語で行き先をドライバーに伝えられなくて、キノエがスマホに表示した「士林」で解決したのなんてささいなことだろう。
というか漢字が偉大過ぎるんよ。
だいたいは書いてることわかるもんな……。
タクシーは山を下っていく。
行きも思ったけど、博物院がちょっと辺鄙なところにあるのは敷地がなかったのか、それ以外の理由があるんだろうか。
あとでミカペディアに聞いてみよう。
「あー、そっか。なにか変だなーって思ったら車、右側走ってるんだもんね」
なにやらミカと話していたキノエがふっとそんなことを言い出した。
そうだよ。左ハンドルだからオレが右に座ってるんだし。
「カナダはどっちだっけ」
「あっちも右側通行だよ、アメリカと一緒」
後ろを振り返ると、二人ともめっちゃ前のめりでこっち見ていた。
シートベルトしてるけど危なくない?
「ただここは道路の雰囲気似てるから、逆に違和感大きいんじゃね?」
あー、と二人が納得の声を上げる。
「リクあったまいいー」とキノエ。
「それほどでもなくない?」
彼氏にバイアスかかってるのミカだけじゃなかったかー。
「確かにあんまり海外って感じしないね」
「新しい建物だと特にそうなんじゃないかなあ」
カナダとかアメリカなら国土の広さでなにかとスケール感出てくるけど、台湾は日本みたいに山がちな地形でなんとかスペース活用してる感じだし。
そんなことを話してる間に車は市街地に入り、そしてすぐにMRT士林駅にたどりついた。
「ありがとうございましたー」
キノエがカードで支払いをしている間にミカと二人で荷物を下ろす。
ちなみに旅行中、個人の買い物以外の支払いはキノエがもつことになっている。
曰く、生産の手間を簡単にするため、とのことだがおかげでバス移動もある中でぜいたくなタクシー移動が続いている。
これは財布とともに生殺与奪の権利を彼女に握られていることをも意味していた。
経費申請、通るかなあ。
仕送りで生活する身なので交遊費は要審査となっている。
まずツイン彼女システムの説明をどうしたものか……。
「士林夜市ってこの駅が最寄りで良かった?」
「ううん、隣の剣潭ってところ」
「ほんとよく覚えてんなあ横中」
「まかせて」
と豊かな胸を張るミカ。
ううん、これだけ彼女が楽しそうならこちらも楽しまねば無作法と言うものだろう。お金のことは無くなってから考えればいいか!
「今日の夜はいかないんだっけ?」
ホテルで夜飯手配してるんだったか。
「うん。荷物抱えていくの危ないからNGだって。一度部屋に置いてからまた来るのも大変だし」
「あと食事が合わない可能性もある」
「なるほど」
確かに疲れてるときに食事が合わないのは辛いもんな(過去三敗)。
三泊四日で地元メシに挑む機会はいくらでもあるだろうし。
「今日はホテルでご飯、明日は朝から市内めぐって回るからちゃんと休んでね!」
「おー」
「おー」
なおタクシーでホテルに直行せずに交通機関を使うのは明日の予行演習もかねてらしい。
うーん、提案されたときは行き当たりばったりに見えてかなり考えられている。
旅慣れてるわけでもないらしいのにこれは熱意のなせる業だろうな。
楽しい旅になりそうだな!
なお三人一緒のホテルの部屋はベッドがダブルとシングルの二つで、どちらがオレと寝るかのバトルが勃発することとなった。
タクシーのようには避けられなかったよ……。




