わたしたち、二人とも彼女でいいから。
振り返るにカナダでの約二年半の高校生活は、ほぼほぼ虚無だった。
こういうととんでもなくDisっているように聞こえるが、そんな意図はない。
誤解しないでいただきたいがカナダという国やリッチモンドという街、そしてそこに住む人たちへの隔意はオレには無い。
これだけはまずはっきりとお伝えしておきたいと思う。
ただ望まずして外国で暮らすことになって、案の定そこに馴染めなかった少年が何を考えるかというシンプルな話だと思って欲しい。
とにかくカナダにいたころオレの頭の中にあったのは、少しでも早く日本での普通の生活に戻りたいということだけだった。
幸いなことに制度的にはかつての同級生たちと同じタイミングで日本の大学へ入学することは可能だった――多大な労力を必要とするけども。
その実現のためにオレはかつてないほど熱心に勉学に取り組んだ。
つたない英語で教師陣や同級生とコミュニケーションをとり、長期休暇も費やしてひたすら卒業のための単位を取得した。
息抜きはたまのゲームと配信を見るくらいで、遊んだ記憶はほとんど無い。
そこまでして十八歳の四月にあわせて日本で大学生となることに、大きな意味は無かった。
進路を約束していた相手もいないし、どのみち高校生活を外国で送ったというその一点が周囲とのずれを生む。
だから、そういう意味では秋入学でも翌春でも大した問題は無かっただろう。
それでも、それを越えてなおオレは帰りたかったのだ。
原動力になったのは二人の女の子たちの存在、というわけではなかった。
グループチャットに送られてくるキノエとミカの日常は大いにモチベーションを助けてくれたけど、同時に自分の現在地を自覚させられることもあった。
オレを動かしていたのは、ただただ望郷の念だった。
――だって地下鉄の車内で居眠りしたり、夜中に無警戒に財布もってコンビニ行っても特に問題ない娯楽にあふれた故郷が恋しくない奴おりゅ?
いねえよなぁ!
以上、自己弁護おしまい。
カナダはブリティッシュコロンビア州にお住いの皆様をはじめとした海外からのクレームは不要に願います。
さてそんな虚無いカナダ時代だが貴重な教訓もいくつかあった。
たとえば単位取得のためには、教職の覚えが良いにこしたことはない、とか――これは出席率をはじめとして積極的な姿勢をアピールしていくことが大事だ。
それからできるだけ他の学生とも協力すること、とか。
なにせ講師によって抑えるべきコツがあるのだから、すでに単位を取得したことのある人間にならうというのは実に合理的な判断である。
つまり高校の同級生どころか中学までさかのぼっても彼女二人しか存在を認知していない現在のオレは、心理面でも実際面でも大学での知り合いを必要としていた。
なぁに何もただ乗りしようってわけじゃなく、ちょちょっとレポートで助け合う関係くらいでいいのだ。
しかしその程度の関係を築くのさえ今のオレには苦労する理由があった。
「なあなあ那珂川ってさ、よく背の高い女子と一緒にいるじゃん」
「あぁ、うん」
講義のあとに声をかけてきたのは同じ新入生の男子だ。
ちょいダサかつ大人しめの実に落ち着くご同類の気配を発しているため、ちょいちょい話をするようになっている。
「あれって彼女?」
聞かれているのは確認するまでもなくキノエとミカのことだろう。
「……ソッスネ」
嫌な流れを感じてスンとなったオレを気にすることなく彼は続ける。
「まじで? スゲーじゃん。え、どっちと付き合ってんの?」
そうだよな。
そうなるよね。
「両方……ですかね」
「えっ?」
「二人と付き合ってるんだ、ははは」
「あー、そうなん? スゲーね」
正直に打ち明けたオレに返ってきたのは理解できないものに向ける死ぬほど冷たい視線だった。
この場合のスゲーねってスゲー(頭おかしい)ねってことだよな?
わかるよ。
女子二人と付き合ってるだけでもアレなのに、それが目立つ長身美女で男が海外帰りのぱっと見で冴えない奴となるとヤベー雰囲気しかしないもんな。
非合法なあれとかそれとか、オレだって関わらんどこってなるわ。
一見無敵に見えるツイン彼女システムにもこのように弱点があった。
致命的な世間体の悪さである。
こうして大学生活で初めての同性の友人は無事幻の存在となったのだった。
お辛い。
§
さて、このようにミカとキノエは大学の中でも目立つ存在である。
一人でいても個性マシマシのところにきて、それが二人つるんでいるとなればその注目度は倍どころか二乗――は盛ってるとしてもとにかくスゴイ目立つのだ。
キノエは一見明るくて人当たりも良いからオタクにも優しそうに見えるしな。
そりゃあお近づきになりたい男子も多いってもんだし、そのためにオレと言う存在はヘイトを買いやすい。
この世で最も愚かな生き物である中学生男子に囲まれて、アホなちょっかいの対象にされていた過去とはもう違うということだ。
つまり現在、春色コーデのニットカーディガンにショートパンツで素足がまぶしいキノエと、白いブラウスにワイドパンツのカジュアルよりで格好ヨなミカは知らん男子に囲まれて談笑してます。
超話しかけづらい
頼むー、気づいてくだされーと念を飛ばすとキノエがオレをちらりと見たあと、会話に戻った。
あー、これ天辺さん良くないとこ出てますね。
彼ピのちょっといいとこ見てみたい、とか思ってそうな顔されてますわ。
なるべく迅速に、そして堂々と声かけにいかないと後で拗ねられるやつ。
見ればミカもこっちに気づいたっぽいけど、助け舟を出す気は無いらしく静観している。
仕方ない、行くか……!
なんやこのイキリチビって思われに……!(絶望)
覚悟を決めたところでオレが近寄るとさも今気づいたとばかりにキノエが満面の笑みを浮かべてた。
「あ、リクー!」
そうして音符がついてそうなくらい弾んだ声をあげながぶんぶんと手を振る。
うーん、笑顔と合わせて百万点!
「もー、おそーい。ずっと待ってたんだゾ☆」
でも飛びついて腕組んで胸押し付けてくるのはやりすぎじゃないスか。
談笑していた知らない男子が一斉に色めき立ってるよね。
あと言うほど待ってもいませんよね。
そっちもさっきまで講義やってたはずゾ?
逆になんでその短時間で囲まれてんだよ、どんだけ注目度高いの。
「ごめごめ。話してたっぽいけど、大丈夫そ?」
一応周囲には邪魔をするつもりできたんじゃないですよというアリバイを作っておく。
恨むならオレじゃなくオレの彼女を恨んで欲しい。このオレのように。
いや、それはよくないからやっぱりヘイトはオレ宛てでいいか……。
「うんっ。じゃあまたねー」
ご機嫌なキノエが男子にバイバイと手を振る。
割と手ごたえでも感じていたのか、彼らの顔は全力で「どういうことなの?」と言っていた。
わかるよ。
オレもなんでこうなったのかわかんないもん。
「横中も、待たせてごめんな」
「ううん。全然」
ひそかに男子たちに同情しながら「見」に回っていたミカにも声をかける。
控え目ながらも嬉しそうに彼女も笑うとキノエとは反対側のオレの腕を取った。
今ならわかるぜ、リトルグレイの気持ち。
いよいよ宇宙猫になっている男子たちを残して、はた目には勝ちまくりモテまくりなオレは二人とともにその場を離れた。
「すっげーヘイト買ってそうなんだけどアレ」
「あはは、気にしすぎだって」
適当に離れたところでオレがぼやくもキノエさんは上機嫌。
オレの腕をぎゅうっと抱え込んで離さない。
「彼女迎えに来ただけだし。普通だよ、普通」
「普通こんな美人な彼女が二人はいないんだよなあ」
言いながらミカにちらりと目を向ける。
こちらはキノエほどには体は押し付けてはこないけどもがっしりと腕をつかむ力はなんなら一層気合が入っている。
だからオレは両腕を空けるために普段からリュックを使う必要があるんですね。
「格好良かった」
「そう??」
認知にバイアスかかってない?
そしてミカもミカでなんか静かにご満悦だった。
「アザッス」
ほなまあしゃあないか……。
彼女満足度の為なら、知らん男子にちょっと敵視されることの一つや二つくらい……いややっぱちょっと辛いわ。
レポートを助け合うオレの未来の仲間どこ、ここ?
このままだと大学生活の多くで彼女二人に頼ることになりそうなんだけど。
命綱は多い方が嬉しいんだよなあ。
「なーにリク、もしかして妬いちゃった?」
そのあたり小悪魔さんには省みていただきたかったりするよ。
「妬いたほうがいい?」
ちょっと投げやりに問い返すと一瞬きょとんとしたあとキノエはいよいよ楽しそうに笑った。
「うん、リクのヤキモチ見てみたい」
「そんないいもんじゃないと思うけどな……」
「具体的には?」
ミカの目がぎらりと輝いた気がした。
深堀するじゃん……。
「何話してたの、とかしつこく聞く……?」
「えー、つまんなーい」
「普通」
「ヤキモチに独創性求められても困るんよ」
いやじゃない? 斬新な嫉妬する彼氏。
なんとなく中学時代の放課後を思い出すような他愛のない会話に頬を緩めながらオレは二人にたずねる。
「――ところでこれ、どこに向かってんの?」
両サイドをがっちり固められているので、完全に二人に連れていかれるままになるしかないのだ。
本当にリトルグレイじゃねーか。
「講義後お買い物デート!」
「百均に行く」
「せめて事前連絡&意思確認を……!」
オレの自由意思、どこへ!
いや、いいけどね。買い物ぐらいいくらでも付き合うけども。
――なお後日、激レア高身長百合に挟まる目ざわりな男子がいると学内で一部女子にもヘイトを買っていることを知ってオレは少し泣いた。




