嘘告、三年の保留 2
あいまいな、約束とも言えない何かを二人の女の子と交わした日からほぼ三年。
三月の良き日にオレ、那珂川リクは無事に日本へ戻ってきていた。
入試のために一時帰国した去年の十二月以来の、そして本格的な故郷への帰還である。
前回はテンパってて意識しなかったけれど、もう空気からして違うのが分かった。
それから日本語表記の案内に安心する。
三年弱を過ごしたリッチモンドには住民の関係で中国語表記の案内が多く、日本のものとは微妙に異なる漢字表記に郷愁と違和感を刺激されていたのだ。
アジア系というマイノリティの中のさらに少数派であることを。
だがそれも今は違う。
案内に中国語の併記はあれど、デカい顔をしているのは我らが日本語である。
懐かしきひらがなに艱難辛苦の日々が終わりを告げたことを実感しながら、空港の到着口に出る。
とたんに二人の女性が声を上げた。
「あ、リクきたー! おかえりー!」
「おかえり」
三年前、オレに告白をしてくれた女の子たち。
そうしてこの三年間、オレと日本とをつなぎ続けてくれた大事な友人たち。
そんな二人がご丁寧に自作らしき「Welcomeback! お帰りなさい」の横断幕を振って、喜色満面飛び跳ねている。
セレブの出迎えかな?
「はは、ただいまー……」
顔がニヤケそうになるのを必死にこらえながら、控え目に手を振り返す。
一方でちょっと戸惑いもあった。
三年間一度も会っていないとはいってもそれはリアルに限ったことだ。
チャットに送られてきた自撮りで二人の変化や成長は知っている。
しかし改めて対面するとその姿にこう思うのだ。
(すっげぇ迫力……!)
熱意だけの問題ではない、まず純粋に二人は背が高い。
確か百八十一と百八十三センチメートル、それも去年の夏までバレー部だったバリバリのアスリート体型だ。
それでいてゴツいだけじゃなく女性的な魅力も備わっている。
くわえてかなり顔が良い。
中学の頃は黒のミディアムボブだった髪を長く伸ばして、金に染めた可愛い系の色白美人が天辺キノエ。
もう一人は中学時代と変わらない黒髪ロングに色黒の肌、ただ元々きりっとした美人系の顔立ちが一気に大人びた印象の横中ミカ。
(あそこに行くのかぁ……)
世間的には春休みでも、平日の地方空港の混雑なんて知れたものだ。
そんな中で長身美女の二人が発する存在感の大きさは、撮影のカメラを探すように周囲を見回す人がいるくらいだった。
オレも自分の知り合いじゃなきゃなにかの撮影かなって思っただろう。
こうなると人自体が少ないのが不幸中の幸いだった。
人の輪ができていたりしたら突破できる自信がない。
なんて思いながら、覚悟を決めてゲートをくぐる。
まぁ取って食われることはないだろうし。
「おーかーえーり!」
「おぶ」
しかし二人の反応は、そんなオレの予想を超えてきた。
キノエに正面から普通に思いっきり抱きしめられる。
うっそだろ。
向こうでもここまで熱烈にはされたことないぞ。まして同年代の異性に。
抵抗しようにも彼女の方が力が強い。
「――天辺、ギブギブ」
「え、もっと欲しいってこと?」
そのGiveじゃないよ。
しかしあたたかくやわらかくいい匂いがオレの抵抗の意思をくじく。
いやいや、まずいですよ社会的に。
「違くて。ギブアップ、ギブアップです。ちょっと、天辺さーん?」
「キーノーエ。もー、名前で呼んでよー」
ぐいぐい来るじゃん、なんて思ってると背と後頭部にも圧が発生した。
「むぐ」
「キノだけずるい」
そんな風に遺憾の意を表明したミカに後ろからも抱きつかれる。
二人とオレとの身長差は約十センチ、さすがに直で胸に挟まれるようなことはないけど女子の首筋ってむっちゃいい匂いがする(新発見)。
「横中、まずいって」
なんとか脱出を試みるも完全に力で負けていた。
ぎゅうぎゅうと長身女子にサンドされる。
百合挟まれ罪が発生していた。
それが本当に罪であっても体格で負けてるギークが運動部二人相手に勝てるはずないだろ!
とりあえずはまだ自由に動かせる両腕をばたばたとさせて、生きているアピールだけを周囲にしておくことにした。
ついでにオレにはやましい気持ちが一切ないことも知っておいて欲しい。
「――えへへ、ごめんね。感極まっちゃって」
「私も、ごめん」
そして数分も堪能してからようやくオレを解放してくれた二人は、目を潤ませ声もちょっと涙ぐんでいた。
「あー、いや、気にしなくていいよ」
もうこれなんにも言えないじゃん……。
途中からだいぶ苦しかったけど、こんなに再会を喜んでくれている相手に水はさせない。
なんとか呼吸と乱れた衣服を整える。
「まぁ、ちょっとびっくりしたけど、あれ、オレいつハリウッドセレブになったっけみたいな」
「え、あ、うん」
「?」
二人は何ともあいまいなリアクションで頷く。
場を和ませようとした渾身の北米ジョークは空振りに終わった。
「ははは、ジョーク、ジョークね」
――ふふ、死にてえ。
違うから、同年代相手にした日本語の繊細なコミュニケーションがさび付いてるだけだから。
本当のオレはこんなものじゃないはずだから……(震え声)。
「あ、そうだリク、荷物持ったげるよ。長旅で疲れてるでしょ?」
「いや、いいよ。女の子に――」
「じゃあ私がキャリー持つ」
止める間もなくひょいとキノエがボストンバッグを持ち上げて、ミカにキャリーケースを引き取られる。
そこそこに荷物が入ってるにもかかわらず、二人とも軽々としたものだった。
多分オレより余裕ありそう。力強いよね(感嘆)。
「あー、ありがと」
実際カナダから羽田まで十時間超、そこから福岡まで二時間弱、途中で寝ているけど移動の疲れはエグい。
ここは素直に甘えておくことにした。
バンクーバーから羽田までの便は椅子も狭かったしな……。
「まっすぐ家でいいんだよね? どこか寄ってく?」
言ったキノエが颯爽と歩きだす。
そんなちょっとした仕草さえ絵になっていた。
「え、家まで来んの?」
「荷物運ぶって言ったよ。それに私たちも帰り道だから」
それはそれとして聞き逃せない発言を確かめると、ミカが当然といった様子で答える。
「そっか、じゃあお言葉に甘えて」
入学に備えて二人でルームシェア始めたんだったか。
確かオレの最寄り駅からはさらに二つ先の駅周辺、確かに行き先は同じではある。
「ご飯どうしよっか。お帰りなさい会しなきゃね!」
「リクは何がいい? 私たちのおごりだから、なんでもいいよ」
「いや。気持ちは嬉しいけど、悪いよ」
我、帰ってきただけぞ?
あとなんならコンビニのおにぎりとかでも嬉しいくらいの気分だし。
あ、いやうどんもいいな。ウ〇ストどっかになかったっけ……。
「いーからいーから!」
そんな内心に構わず友人たちはぐいぐい来る。
「何が食べたい? お寿司取ろうか」
「あ、いいねー。ピザもいっちゃう? お寿司とピザパ!」
ブルジョワジー……!
まだまだ親に養われている大学生の姿か、これが?
「いやいやいや、そんな大げさな」
「三年ぶりだし」
「久しぶりだもん」
「全部それで押し切る気?」
しかし二人は有無を言わさず、いやいや(遠慮)マシーンとなったオレをぐいぐいと引っ張って地下鉄駅へと向かう。
そしてこのころにはさすがのオレもうすうす気がついていた。
二人の三年前の告白、あれはガチもガチのガチ告白で。
しかも今なお回答期限が有効で。
きっと今日、二人はその長い間待ち続けていた答えを聞くために来たのだと。
「ふふ」
「楽しみだねー」
空港駅は地下鉄路線の始発駅だ。
タイミングが良かったのか、幸い三人で並んで席に座れた。
オレの右にキノエ、左にミカ。
二人は両サイドから恋人つなぎで指をからめとって肩に身を預けてくる。
向かいの席の中年男性からものすごい圧を感じた。
わかるよ。
二人ともこう、露骨にそういう雰囲気出してるもん。
私たちこれからイチャイチャしちゃいまーす♡ みたいな感じのアレ。
まさか自分がこんな周囲へのハラスメントの加害側に回ることがあろうとは思わなかったよね。
しかも二人相手に、両手に花の勝ちまくりモテまくりな感じで。
「ねえ、リク」
内心はビビりまくり戸惑いまくりのオレにキノエがしっとりとした声で囁く。
「な、なに?」
「三年前の返事、聞かせてほしいな」
「ちゃんと覚えてくれてるよね」
ミカの声にはどこかすがりつくような必死さがあってなんだか申し訳なくなるくらいだった。
「あぁ、うん。三年前ね。そりゃもちろん」
覚えてる、さすがに忘れるようなインパクトじゃなかった。
でもさ――そんな伏線無かったじゃん!?
ここ三年のやり取りって普通の友達感覚で、クリスマスとか、バレンタインとか、そういうイベントでもべっつになにもなかったじゃん!
だからこっちはあぁやっぱりあれは冗談だったんだって思ってたし、出迎えを見ても大げさだなあ、なんて軽い気持ちだったのになんで一気にこんなアクセル踏むの!?
「あたしたち、ずーっと待ってたんだからね」
「うん。だからはっきり答えて欲しい」
しかしオレが事態を消化する時間も与えず、二人はそう畳みかけてくる。
Q.三年間告白の返事を保留してしまった女の子たちがいます。あなたの返事を答えなさい。
A.これ断れる人いないでしょ。
「えっとじゃあ……」
「えっと?」
「じゃあ?」
圧が、圧が強い……!
「――つきあうよ、二人と」
どっちから言えばいいのかな、と思いつつ右に左に首を振って返事を伝える。
「うれしい」
「やったー!」
人ってこんなに嬉しそうに笑えるんだな、とか、女の子の笑顔ってちょっとそれだけで恋に落ちない? とか。
そんなことを考えるオレに二者二様の喜び方をした二人がぐいぐいと体を押し付けてくる。
やっぱり柔らかくて温かくていい匂いがした。
目の前からはおもいっきり舌打ちの声が聞こえる。
怖い。もう顔上げられねーよ。
いよいよ小さくなるオレに構わず、左右からははしゃぐ二人の声が聞こえる。
「今夜はお祝いだね!」
夜の話するの早くない?
「準備しててよかった」
なんの? なんの準備? 歓迎でいいんだよね? おかえりなさいだよね?
視線でたずねても二人はなんか底知れないものを感じさせる笑みを浮かべるばかりで。
「――ワ、ワァッ、楽しみだなァ……!」
内心で慄きながらもオレはそう言うことしかできなかった。
かくしてこの日、日本に戻ってきた那珂川リクは童貞を失って、代わりに人生で初めての彼女を得た――一度に二人も。
一人でも十分だったんだけどなぁ。




