旅行にいくヨ! 5
台湾旅行最終日。
本日は市内で買い物&昼食を取ったあと、そのまま空港に向かう予定だ。
来たときとは逆で時差で+一時間される形になるので、到着時は三時間半が経過することになる。やっぱりバグっぽい。
まぁそうはいっても市内住みのオレたちは、空港からはたいして時間もかからないので最終便での帰国予定だ。
困ったことといえばオレがお土産を買っても、あげる相手が同行してる彼女二人くらいしかいないってことだな!
わざわざ両親に送るのもなんだし。
そしてチェックアウトに向けホテルで荷造りをしているときにその悲劇は起きた。
「ねぇキノ」
きっかけはミカがそう呼びかけたことで。
「なーにぃ?」
ベッドに荷物を広げてキャリーケースに詰めていたキノエが振り返り。
「オウフ」
たまたまその横を通り抜けようとしたオレが、タイミング悪く彼女の尻に突き飛ばされてすっ転んだ。
我ながらそれはもう綺麗な転倒だった。
「…………」
気まずい沈黙が部屋を包む。
キノエはおそらく彼氏を尻で吹っ飛ばした気まずさに硬直し、オレはそんな自分のか弱さに打ちのめされ、そしてそれを目撃したミカは――
「ふっ」
こらえ切れず、小さく噴き出していた。
「にゃ、にゃああ!?」
叫び声が上がる。
おー、普段はゴールデンレトリバーみを出してる天辺さんが猫になっておられる。
「り、リクっ、なんでそんな意地悪するの!?」
「ええ……」
そうか、そう来ましたか。
「ちょっと当たっただけなのに大げさじゃない!? マリーシアだよ!」
そんな人をサッカー選手みたいに。
「ウンー、ゴメンヨー。チョットフザケタダケナンダー」
でもそう来られるオレとしては少々複雑なのもわかってほしい……!
いや、ほんとたまたまタイミングが悪かっただけで、別に彼女の尻の一つや二つ受け止められないわけじゃないんだ。
本当のオレはこんなものじゃないはずだから……!(約一か月半ぶり二度目)
あと実際に彼女のお尻を二つ受け止めなきゃいけない可能性があるの怖くね?
「キノ。リクのせいにしないで」
あとかばわれるのもフクザツではあるよ。
あんま気にしてる感出すのも良くないから言わないけどさあ。
「いやまぁ、ちょっとタイミングがね」
「そうだよ! あたしミカほど力ないもん!」
ほんとお? まあ背はたしかにミカの方が高いんだけどさ。
ちな部活でのポジションはミカがミドルブロッカーで、キノエはアウトサイドヒッターだったらしい。
バレーボールに関してはグループチャットで突っ込んで話されることがあんまりなかったので、それがどういう役割なのかは字面で分かること以外は不明である。
中学時代はもうちょっと部活の話もしてた気もするけど覚えてない。
オレが〇イキュー未履修なのを伝えたせいかな……。
「でもお尻はキノの方が大きいでしょ」
そして売り言葉に買い言葉でミカの綺麗なカウンターが決まっていた。
「な、なぁ!?」
「あ、やっぱ?」
そしてあまりの見事さについついオレの口も滑る。
「『やっぱ』!? なんで! どうしてそう思ったの!?」
やっべ。
案の定キノエにめっちゃ詰められてしまった。
うーん、恥ずかしそうにキレる彼女さんも可愛い。
「や、見た目とか……さわった感じとか」
あとこう体に乗られたときの重量感、ですかね。
これはさすがに思ってても言えないけど。
「うぅぅ~! もうリクにしばらくお尻触らせたげないからね!」
「あ、はい。我慢します」
ちょっとは残念だけど我慢できないほどではなかった。
胸派なので。
「ミカもなんで言っちゃうの!?」
そうして次なる矛先がミカに向かう。
「キノが先に喧嘩売ってきた」
「売ってないし、だいたい5センチしか変わらないじゃん!」
思ってたより差デカない?
「5センチってどうなん? 女子的に誤差?」
「誤差だよ!」
「そんなわけない」
無慈悲にミカが否定する。
「だよなあ」
なんで数字を自己申告してしまったのか。
などと考えているとキノエがミカの腰に抱きついた。
「ミカァ、リクがあたしのことケツデカって思ってるぅ!」
「全然言ってない」
びっくりするくらいの濡れ衣を着せられてしまった。
真冬なら凍え死んでるぞ。
そもそも泣きついた先が暴露したと思うんだけど大丈夫そ?
「あと彼氏のことで別の彼女に泣きつく人初めて見た」
「まず彼氏に別の彼女がいることないから……よしよし」
言いながらミカがキノエの頭を撫でると、彼女はわざとらしく「ふええ」と声を上げた。
それがその、なんて言うかちょっと百合百合しくてですね。
これはオレも間に挟まるギルティ男扱いされるのもちょっとわかったね。
「リク」
「ん?」
「慰めたげて」
「えっ」
大丈夫? 落として上げるのなんかDVの手口じゃない?
と思ったけどミカの腰にしがみついてるキノエはちらちらこっち見てるからそこまで深刻な話でもないか。
「よしよし……?」
ぽんぽんと背中を撫でる。
程よく筋肉のついた、ちょっとネコ科の動物を連想させるしなやかな背だ。
「ぅ~~……」
うなりながらこちらを見たキノエが頬をふくらませる。
手を伸ばしてそれを撫でていると次第にしぼんでいった、芸が細かい。
「ごめん天辺、次は倒れないようにするわ」
「その慰め方はおかしいから」
「難しいなあ」
口にした途端、キノエがミカから離れてオレの腰にしがみついてきた。
「オッフ」
オレはどすんとベッドに尻もちをつく。
腰の入った実にクリーンなタックルだった。
「受け止めてくんないじゃん!」
「今のは倒しに来たっしょ」
苦笑しながらぐりぐりと頭を押し付けてくるキノエの首筋やら頭やらを撫でる。
この扱いでいいのかと思わないでもないが、当人は楽しそうだからいいか。
しかし――
「本当、天辺変わったよなあ」
じゃれつくように責めてくる彼女の姿に、昔を思い出してついそんなことを口にしていた。
「なにが?」
「いや中学のときとか三年の結構終わりまで嫌われてたじゃん、オレ」
ぐっとオレの腰に回されたキノエの腕に力が入る。
「き、記憶違いじゃない……?」
「ジャッジ横中?」
「リクがそう言うんならそうなんだと思う」
「どっかのミームみたいなこと言うじゃん」
あれの元ネタもバレーの話だっけ。
「やああぁぁぁ~~――……」
観念したキノエがオレの腹に押し付けた頭を振った。
息がかかるのがちょっとセンシティブなのでもう少し上の方でお願いしたい。
「ほら、言ったでしょ。気づかれてたし、気にしてないよって」
「ミカも追い打ちしないでよ。違くてぇ、たしかにそうだったんだけどぉ、違くてぇ……!」
ちょっと普段と違って優位が取れて楽しいと思うのは意地が悪いだろうか。
いや、本当オレは気にしてないんだけどな。
卒業式の告白のときも気にして……いや、ちょっと頭をよぎったけど。
「今は、今は違うから! あのころあたし中学生だったから!」
「奇遇だな、オレもだよ」
なおキノエさんはだいぶ混乱してらっしゃる模様。
「なに当たり前のこと言ってるの」
「うにゃああ」
「まぁ正確にはオレってより男子全般うっすら嫌ってた感じよな」
「そこもわかってた?」
「うん。なんか目がときどき『このシコ猿どもがよ』って言ってた」
「言ってた言ってた」
ミカがしみじみと同意する。
人当たりいいのは今と変わらないけど、そこはかとない嫌悪感が出てたよね。
それを向けられている当の男子連中には気づいてないのが多かったけど。
「あぁぁあぁぁぁ~~――――……」
長いうめき声をあげていよいよキノエが動かなくなった。
なおまだオレにしがみついたままである。
「思ってただけで言ってないのにぃ……!」
「うん、言わなかっただけ天辺は分別あったよ。男子と違って」
思い返すとキノエとミカへの男子の発言は明らかにコンプラ違反のライン越えも混じってたからな……。
「ならなんで掘りかえすの!」
「いや、思いかえして懐かしくなったから」
黒歴史、ってほどではないにしろカナダ時代はあえて思い出さないようにしてたし、大学入ってからはそれどころじゃなかったし。
「ついつい共有できる過去の話で口が滑ったというか」
「う~~……」
「いや、本当ごめん。そんなイジメる気じゃなかったんだって」
「私も、ごめんね」
「二人とも楽しそうにしてたじゃん……!」
「やりこめるのがちょっと楽しかったのは認める」
「私も」
ミカはちょっと煽ってない??
「うー!」
「おっと」
うなり声をあげたキノエに体をひっくり返された。
天井を見上げるオレの視界に、ちょっとオコな表情の天辺キノエさんがすっとフェードインしてくる。
「天辺さん?」
なんかこう、ソシャゲのイベントグラみたいだな。なんて思いながら、笑みを浮かべる彼女を見上げた。
「反省の気持ちはぁ、体で示してもらいまーす」
薄い本かな?
「ストップ」
「にゃあっ!?」
しかしそこに割り込んできたミカによってイベントは強制キャンセルされた。
べりって感じでキノエを引き離した彼女の手を取って身を起こす。
「買い物する時間がなくなる」
サンキュー横中。
「それに、帰ってからリクの部屋の方が落ち着いてできる」
「横中!?」
ここにきてまさかの裏切り。
フォーエバー那珂川。
「……わかった」
ギラリと目を輝かせる彼女の姿に、過酷な今晩を予測しオレは目を覆った。
県内強豪校のバレー部でレギュラーを張ってたのは伊達ではない、とくに天辺キノエはきっちりとやり返す女の子なのだから。
「夜まで待ったげるね、リク」
よし、今からの買い物でなんとか怒りを鎮めるお土産を探さないとな!
――なお助からなかった模様。
翌日も休みじゃなかったら危なかったよ……。




