旅行にいくヨ! 4
「ぬあ」
至近距離を通り過ぎていく原チャに、慌てて歩道側に寄る。
日も沈んだ夕方、オレたちはMRTの剣潭駅から徒歩ですぐの士林夜市を訪れていた。
「わぁ」
と二人が感嘆の声を漏らす。
「士林市場」の看板が輝くアーケードには明々と夜を照らすライトに原色の看板がずらりと並び、道路側にも小さな屋台が立っている。
喧騒と食べ物の匂いが満ちるそんな中を、半そで半ズボンのくつろいだ姿の人々が行き交っていた。
はじめて訪れた場所だけれど、その雰囲気はオレたちにとって実になじみ深いものである。
「お祭りみたい」
「だなあ」
ミカの言葉にうなずく。
看板のギラギラ感とか、食べ物以外にもゲームや雑貨の出店みたいなのがあるところまで一緒だ。
なお三人横並びは迷惑なので、移動中の二人は入れ替わり立ち代わりでオレの隣を譲り合っている。
ポジションをローテするのはバレーボールで慣れているからか、実に巧みなものだった。
正直、ちょっと面白い。
「リク、何が食べたい?」
再び後ろから迫ってきた原チャをよけつると、隣のミカがオレにたずねる。
「とりあえず小籠包かなあ」
「りょ! 行ってくるねー」
ひとまずハズレがないだろう候補を挙げると、前を歩いていたキノエが了解の意を伝えてすっと先を行く。
人も多いので速度はそれほどでもないが、颯爽とって形容が似合う堂々たるイケメン仕草だ。
スタイルいいと何やっても絵になるな。
「ちな横中のおススメは?」
感心しつつ旅行中お世話になりっぱなしのミカペディアを頼っていく。
「ん、有名なのは牛肉麺と魯肉飯」
「なんだろう、名前からもうすごい茶色の波動を感じる」
たしか料理の「ロー」って肉だよな。
東坡肉とか回鍋肉とか。
「すごい、よくわかったね」
「よせやい」
こう、ミカは定期的にオレのこと褒めてくれるから気分がいいよね。
調子に乗らないように気を付けておこう……。
「牛スジと豚バラだって」
「うーん肉&肉」
スマホで見せてもらったのは、どんと牛肉の乗ったうどんとかラーメン系のスープにつかった麺と、小さなブロック状に刻まれた豚バラがのった丼ものの画像だ。
どちらも申し訳程度に野菜の緑が添えられてるけど、男子中学生と運動部が喜びそうな茶色っぷりである。
あとは鶏肉料理があれば三階級制覇だな。
「はい、買ってきたよー」
「ありがと」
「サンキュ」
戻ってきたキノエが持っていたのは、箱入りの小籠包だった。
小さめのものが六つ詰まって、レンゲ付き。
ちょっとたこ焼きを連想するスタイルでの提供だ。
「次、ミカね」
「そこまでローテするんだ?」
まぁちょっと並ぶこともあるから理にかなってるっちゃかなってるけど。
「ん、希望は?」
「お肉系!」
うーん、このすがすがしい肉食系女子っぷりよ。
「わかった」
任せてと言わんばかりのミカも心得たものである。
やっぱりアスリートってすごい。
「リク、あーん」
「判断が早い」
そして横を陣取ったキノエはレンゲで小籠包を割るとオレに差し出してくる。
食べ歩きしてる人は見かけるのでマナー違反ではないんだろうけども。
「んむ」
「どう、おいしい?」
「……、うん、うまい。ちょっと食べた事ない感じだけど」
味付けはやや独特だけど、想定通りハズレなし。
あとちょっと飲みこむまで待ってほしいよね。
「じゃああたしもー」
と考えていると当たり前のように同じレンゲでがっつり食べに行くキノエさん。
間接キスを意識させるには一口がデカい。
「どう?」
「おいしー! はい、リクも」
「ウス、アザッス」
残った部分を二つに割ってキノエに再びあーんされる。
なお周囲には若者も多いし、旅先で結構いちゃついてるのもいるのでそこまでは目立たないのがオレの気も大きくさせていた。
「ただいま」
そうしてビニール袋をさげてミカが戻ってくる。
「おかえりー!」
「おつかれー、なに買ってきたん?」
「魯肉飯。ちゃんと三つあるよ」
知ってたけど主食級が続きますね……。
「さすがに立ち食いは厳しくない?」
「戻ったとこに地下のフードコートがあるって」
「何か見たいものある?」
「特にないなぁ、食べ終わってから見て回ってもいいっしょ」
「じゃあいこー」
隣にキノエ、後ろからミカがついてくる形でくるりともと来た道を引き返す。
しっかし……。
「う」
等間隔でキッツイ臭いを発する屋台があるのはこれなんなんだろうな。
キノエも小籠包の箱を閉じて渋い顔をしてる。
発酵食品系っぽいんだけども、ちょっと食事を前に形容するのがはばかられる系統の臭いだ。
いや、地元の豚骨ラーメンもまぁ結構あれだけども。
「ねぇ、ミカー。これなんの臭い?」
「多分、臭豆腐」
「お豆腐? お豆腐がこんな匂いする?」
「する。揚げて食べるんだって」
「横中はこれ結構平気な感じ?」
表情に出ないので聞いてみたらむっとした感じで首を横に振られた。
「無理」
そして一言で切って捨てられた。
女子がいう無理は生理的嫌悪感が凄いのでできれば地上に存在しないで欲しいという最も強い否定を表す言葉だからな……。
「リク、食べたいの? いいけど、キスする前に歯磨いてね?」
「いや食わない食わない」
絶対耐えられないで変なリアクションする自信がある。
取れ高作る必要ないんだから、わざわざ地元民の反感を買うこともないだろう。
士林市場の看板が出ているアーケードの入り口まで戻ったオレたちは、ガラス張りの入り口から地下のフードコートに降りる。
多分そんなに日が経ってないのだろう、利用者の多さに反して建物は綺麗なものだった。
「おー、こっちも色々あんね」
一方で看板とかテーブルの雰囲気は庶民的で、騒がしい。
うーん、これこれ。これくらいでいいよなお祭りのときは。
毎日やってるってのがスゲーけど。
「さっき横中が言ってたニューローメンだっけ? あれも買ってくるよ。漢字なんて書くの?」
なんとか三人分の席を見つけて、今度はオレの番と追加で買いにく
「牛肉に麺」
「まんまじゃん」
予想を超えた体のあらわしっぷりに思わず笑いながら、お財布係のキノエから財布とチャージ式のICカードを受け取る。
屋台はともかくこういうとこなら使えそうだしな。
「早く帰ってきてねー」
「ハイハイ、他にはなんかいる?」
「お肉!」
「揚げ物」
「二人して腕白かよ」
うーん、これはアスリート。
まぁ余裕だろうけど、と苦笑しながら了解する。
そうしてもうこの旅行中で何度もあった漢字の偉大さを味わいつつ、お買い物ミッションを手早く達成し二人のところへ戻った。
「いただきまーす!」
「いただきます」
テーブルに並ぶ肉料理を前に二人はにっこにこである。
いっぱい食べる君らが好き。
「ねぇね、あとでかき氷も食べよ。すごいの食べてた」
「デザートの相談早くない?」
キノエの言葉に思わず突っ込んだ。
そんな急いで食べてる風でもないのに二人の前の料理はガンガン消えていってるから早すぎることもなさそうだけど。
なおどっちの肉料理にも使われてる香辛料の八角は、悲しいかなちょっとオレにはあわなかった。
これもまた海外旅行の醍醐味だなって。




