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水際防御

 我の重機関銃、無反動砲、迫撃砲、対戦車砲の炸裂音、そしてそれらを有する陣地に投射される敵の深海棲艦からの猛烈な艦砲射撃によって摺鉢山洞窟壕陣地に身を隠し戦闘を繰り広げる第五中隊第三小隊(53)対戦車無反動砲分隊(AT RR Pt)は窮地に陥っていた。

「──敵主力!水際防衛ライン突破!突破!」

 上陸した深海棲艦との水際戦闘はすでに3時間を超えていた。KP(キルポイント)は早々に突破され、敵主力を2個小隊による迫射撃による分断は失敗。摺鉢山第一次防衛線においては戦闘開始から1時間後にはすでにFPL(突撃破砕射撃)が実施され、その後連絡が途絶。第二次陣地に撤退出来たのは僅か2個小隊で、苛烈な敵の猛攻を留めることは難しかった。

 

 水際戦闘の最終防衛ラインである第二次陣地も猛烈な支援射撃のもとに防御戦を実施しているが、その我が方の射撃を上回る敵主力深海棲艦、特に敵姫級からの支援射撃で支援陣地も封殺されつつあった中に続々と上がる残弾無しの報告。

 続々と押し寄せる敵についには水際防御並び摺鉢山防御が決壊した。

 

 東京都硫黄島:摺鉢山洞窟壕陣地

  中田功三等陸曹 


 摺鉢山陣地は敵に主陣地である元山に行かせるのではなく、あくまで遅延戦術を実施するための陣地であり、主陣地をできるだけ悟られないようにするための陽動陣地だった。


「──APHE(徹甲榴弾)装填!」「装薬装填!」洞窟壕壕内で絶叫する男たちがいた。

 中田から数百と離れていないところに醜い化け物がおぞましい口を開けて近づいてくる。尖った歯と、腔内のすべてを吸い込みそうなほどの漆黒。

 もし腕や足等を、胴なんてものを齧られたら『オシマイ』なのは目に見えて理解できた。

 もし、壕に侵入された場合に備え、旧軍設計からほとんど変わらぬ棒地雷が五本あった。

 唯一変わった点があるとすれば近接戦闘用に背中に装備した梱包爆薬とBluetoothで接続でき、棒地雷の起爆と同時に背中の梱包爆薬も起爆できるという最新式の自爆機能だった。

 これらは生きたまま喰われて死ぬより多少楽に死ねる手段である以上に、先の大戦の敗戦以来、『人命に対する絶対的な保護』という姿勢を保ってきた日本国政府の『命は地球より重し』という原則に反しない様に、戦闘によって救出出来ない生命に対して最期まで抗い、誇りある戦死をあくまでもさりげなく勧めていた。

 これを渡された時、自衛官の中に浮かんだのは困惑と怒り、或いは形容しがたい高揚感と魅力、そして、この自衛隊という組織が所属する組織員に対して死を強要する組織である事を実感を以て押し付けられた恐怖であった。


「撃てっ!」そう叫ぶのは分隊長の磯田1等陸曹だ。

 映画みたいに無反動砲(ロケット・ランチャー)弾はプーンとノロノロ進まず、砲弾と同じように目に留まらない速さで飛んでいき、列先頭の深海棲艦の顎部に命中し命中箇所から噴き上がる様な爆発を起こして絶命させた。

 しかし、その死体を乗り越え進む深海棲艦の姿にゾッとする。いや、背を這うのは忌避感だったのかもしれないし、嫌悪感でもあっただろう。

「残弾無し!無しッ!?」俺は叫ぶ。


 背後の弾薬箱を見る、空っぽ。

 横の弾薬箱を見る、空っぽ。 

 砲の向こう側の弾薬箱を見る、空っぽ。

 積み上げられた弾薬箱を見る、空っぽ。


 冷や汗が湧き出すのがわかる。

 通信士の飯田が「中隊指揮所!こちら53AT!対戦車弾残弾無し!対戦車残弾無し!」と叫ぶ。

 受話器を耳に当てて、その指揮を待っている姿を俺達は見守った。

 飯田は焦った様に無線機を確認して、もう一度復唱した。

「通信が…」そう言って小銃を握った。「直接走って来ます!弾も…持ってきます…っ!」そう言った走り去ってく飯田を俺は唖然として見ていた。


 〔──ガガガッガガガッ〕と指揮の無い発砲を繰り返し、64式で7.62ミリ対深海棲艦弾をばら撒くのは予備復帰したオッサンで、中田よりも階級は上だった。

 オッサンの「時間稼ぐぞ!」その言葉に磯田はハッとした様に洞窟の入り口まで中腰で進み、小銃を構えた。

「分隊!突撃破砕射撃ぃッ!」その号令を最後まで聞かずに俺達は膝立ちの状態で5.56ミリ弾をバラまいた。

 肩当てをしっかりと肩に当て、照準を深海棲艦の腹に合わせる。呼吸を落ち着かせ、引き金をゆっくりと落としていく。引き金が一瞬軽くなったと思うと、〔パンッ〕という乾いた銃声と同時に銃弾が軽い反動と共に飛んでく。銃口は筒先にある銃剣の重さのおかげかほとんど飛び上がらない。

 

 分隊は一体の深海棲艦に的を絞った。その深海棲艦の殻に火花がいくつも飛ぶ。つまるところは弾かれているのだが、それでも極稀に紫色の血飛沫を上げることがあった。

 深海棲艦が斃れたのは、中田の弾倉が半分になった頃だった。つまり、89式小銃4丁、64式1丁の分隊が指向射撃して各々違うだろうが大体15発程度をぶち込み、オッサンが弾倉交換しているのを見ると64式は20発全部叩き込んだとも見られる。

 つまり、15×3+20=65発叩き込んでようやく最雑魚一体が斃れた事になる。

 ゾッとした。1人で遭遇した場合、最低で3個弾倉を変えねばならない弾数だ。

 

 斃れた屍の深海棲艦が、後ろから来る深海棲艦に頭から踏み抜かれて、ぐちゃぐちゃに成り果ててゆく。

 その姿に呆然としていたその時、一体の深海棲艦がこちらを見た。目が合った。

「伏せろ────」─轟音。

 一瞬浮いた感じがして、それから体中を衝撃が包む。体がどんな体勢をしてるのかわからない。

 爆風と思われる衝撃に揉みくちゃにされ、どっちが上かもわからない。眩しい、痛い、怖い、そんな感覚が中田を襲う。

 

 目を開けることが出来たのは十数分も後の事だった。オッサンに助け起こされ、ようやく立ち上がることができた。

「なんだ…コレ…」

 壕内は悲惨だった。入り口が半分崩落していた。そして、砲は台座から破壊され、砲身は曲がり、破れ、完全に使用できない事を物語っていた。

 隊員は磯田は頭から血を流し、腕の関節があらぬ方向に向いていて気を失っていたが、あの若い陸士長はもっと酷かった。顎部の肉と左の頬肉が削ぎ落とされ、顎骨が露出していた。ニヤリと笑っているような姿に、俺は慄いた。

 彼の肩は酷く抉れ、制服は血に濡れていた。幸か不幸か、いずれの傷も焼かれて止血されていた。当分は苦しむことになるだろう。

 中田は自分の体を確認した。幸いなことに、2人の様な惨状にはなっていないものの、擦り傷や打撲、手足に鈍痛がある程度で済んでいた。オッサンは血まみれだったが、それは負傷者の怪我だった。


「…が…揮を……継ぐ……」とオッサンが俺に向かって口をパクパクしていた。

「え?」自分の声が妙に響いた。飛行機で高高度にいる時みたいな感じで耳が詰まっていた。

 オッサンはもう一回口パクパクさせた。

「あぁ…」自分の耳はもしかしたら…と絶望したその時、拳が飛んできた。

「…ッグァ!?」

 硬いものが押し当てられたと思ったら眩しい痛みが遅れてやってくるこの感覚。つまりぶん殴られたのだ。

 ─と同時に戻っていく聴力と落ち着き。なるほど、荒治療にも程がある。

「オレがシキをツグ、とりあえず10ぷんごにはひくぞっ!」言語を『オッサンが指揮を継ぎ、十分後には引く』という情報を飲み込むのに俺は30秒は費やした。


 俺達は2人に簡易な応急処置を施し装備を外し、かつぎあげてその洞窟壕を去った。

  

 ──これは後に知ることになるのだが、その時すでに摺鉢山陣地はほとんど陥落に近い形で戦闘を続行していた。

 迷路のような洞窟壕内にも小型の陸上型深海棲艦が侵入し、多くの分隊が梱包爆薬や棒地雷で壕諸共吹き飛んでいた。

 つまり、人を二人も運ぶ彼等が深海棲艦にかち合わなかったのはただの豪運に過ぎなかった。

 

 壕を去ったあとに彼等が向かった先は東北側にある主陣地、元山陣地を目指した。


 ──陣地構築において一番議論が重ねられたのは摺鉢山からの撤退だった。

 先の大戦での硫黄島戦を鑑み、敵上陸は千鳥ヶ浜、翁浜、二ツ根浜からの上陸と予想されていた。摺鉢山はそのいづれの矢面に立つことになる。陽動陣地である以上は包囲される事は目に見えて想像された。

 その際にどのように部隊を撤退させるかに全ての論点が重ねられた。先の大戦での戦訓や、ペリリューやパラオ、インドネシアやスリランカ、そして対馬で死闘を繰り広げ玉砕していった仲間達がその屍で築き上げた戦訓から、物量戦を極力避ける方向に転換し、硫黄島守備隊は戦闘を繰り広げていた。

 そこでその戦略に沿うため、旧式の坑道掘削装置を持ち出して、摺鉢山から元山への撤退路を地下に作った。

 ただし、三本作られた坑道のうち、一つは崩落し、もう一つは露出し、最後の一つだけが健在だった。

 ただ、硫黄島に配置されたイ号守備連隊─ペ島、パラオ戦において残存した守備部隊を含めた部隊─の内摺鉢山に配置されたのは第二大隊の三と四と五中隊で、彼らの内の数名はこの道を通ることはなかった。そのため、渋滞することなく撤退は可能だった。


 ──ただし、中田らが選んだ坑道は運悪く露出していた坑道だった。

 

「くそっなんでまたこんなクソ暑いんだ…っ!」

 日差しが体力や気力を奪う。そして装備に足して屈強な成人を背負い、ほとんど塹壕の様な坑道を突き進んでいた。

『─艦娘達が…連合艦隊さえここにいれば…!』

  叶いようのない恨み言を心中で唱えても状況は変わらないどころか苦しくなる一方だ。

 崩れた坑道の天井から頭を出して、摺鉢山を見る。

 一筋の火線が敵へと伸びる。50口径だ。まだ誰かが抵抗していた。近くの壕からは深海棲艦が侵入している。そして、火線の根元に向かって数多の異形の化け物が群がっている。だが、その壕はあっという間に包囲され、一気に数匹が侵入した。

 その直後、ピカッと光り、黒煙が壕からモクモクと上がった。

 中田は目をそらし、元山を目指した。






 

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