幼児最強、暗殺者をお散歩ついでに処理する
「またルシウス殿下がいらっしゃいません!!」
朝の王宮に、兵士の慌てた声が響いた。
「何っ!? 今日は誰が責任者だ!?」
「くそっ! 目を離すなとあれほど――」
「ほんの少し、背中を向けた隙をつかれてしまいました……!」
一瞬だけ、場の空気が凍りつく。
その緊張を破るように、別の兵士が重々しく溜め息をついた。
「お探ししましょう。ルシウス様に振り回されることに、我々は慣れなければいけない」
「慣れたくありませんよ……! あのお方、前回は屋根の上にいらっしゃったんですよ!?」
「その前は厨房の天井裏で発見しました……。なぜあんなところに五歳児が一人で……」
半泣きになりながら兵士たちが走り出す。
廊下の向こうでは、王妃の心配そうな声が響いていた。
「ルシウスちゃん~!? どこに行ってしまったの~!?」
「落ち着け、妻よ。ルシウスは、最強の幼児だ。……とはいえ、捜索班を増やせ!」
こうして今日もまた、王宮は末っ子王子を探すところから一日を始めるのだった。
◇◇◇
成長とともに、できることも増え、周囲も楽になるはずだった。
少なくとも、王宮の連中はそう信じていたらしい。
……残念ながら、それは大きな間違いだった。
「くそっ……末っ子王子め……化け物みたいなガキだ……」
「赤ん坊時代、泣いただけで仲間が何人か吹っ飛んだって噂……本当だったのか……」
王宮の外れ、人目のない鍛錬場の裏。
氷で作った枷に手足を縛られた暗殺者たちが、忌々しそうに唸っていた。
「化け物だとわかっていながら挑んでくるとは、身の程知らずにもほどだな」
俺は一段高くなった石の上に、「よいしょ」とよじ登り、ちょこんと立って彼らを見下ろした。
「さて……どうするか」
俺は短い腕をなんとか組むと、目の前に座らせた五人の男たちを順繰りに眺めていった。
全員、氷魔法で作った枷で両手両足をがっちり拘束してある。
こいつらは王宮に侵入し、コソコソうろついているところを、俺に発見された哀れな暗殺者どもだ。
いくら気配を消していも、殺気がだだ漏れじゃ無意味だろう。
「……赤ん坊のうちに仕留めとけばよかったものを。今までの暗殺者どもはなにをしていた……」
端に座った男が舌打ちをする。
「みんな本気で俺を殺そうとしてきたぞ? だが、赤ん坊の俺相手ですら、歯が立たなかったわけだ」
俺は幼児らしく、小首を傾げてやった。
こういう子供っぽい仕草をしたほうが、暗殺者たちの神経が逆撫でされることを、俺はよく知っている。
こいつらは俺の庭に許可なく入ってきたのだ。
それ相応の罰は、きっちり受けてもらわねばならない。
「残念だったな。五歳になった俺は、あの頃よりも自由で、かなり強くなっている」
そう言いながら、俺は石の上からぴょん、と飛び降りた。
よろけそうになった足元を踏みしめ、小さな掌を、男たちのほうへちょこんと突き出す。
俺は相変わらず小さくてムチムチしている掌を男たちに向けて掲げた。
そこに強烈な魔法の光が灯ると、男たちの顔から血の気が引いた。
「それじゃあ、おかえりの時間だよ」
俺の掌の上に、ぎゅっと濃い魔力が収束していく。
魔法陣など必要ない。
そこに強烈な魔法の光が灯った瞬間、男たちの顔から血の気が引いた。
「なっ……ま、待て……なにをするつもり――」
「消えろ」
次の瞬間、俺の掌から勢いよく魔法が爆ぜた。
風が渦を巻き、暗殺者の身体を包み込む。
「……っ!?」
抵抗する暇も、叫ぶ暇も与えない。
圧縮した風は、暗殺者たちの身体をぽーんと空へ叩き上げ、そのまま敵国の方角へと吹き飛ばした。
よく晴れた空の中、黒い点がぐんぐん小さくなっていく。
やがてそれすら見えなくなったところで、俺はぱっと手を下ろした。
「処理完了」
どういう結末を迎えるかまでは、さすがに知ったことではない。
ただ一つ確かなのは、どれだけ運が良くても暗殺者として活動するのは二度と不可能だろうということだ。
こうして手間暇かけて暗殺者に『引退コース』を用意してやってるのに、なぜ次々、命知らずの馬鹿が現れるのか。
なんなら、赤ん坊の時より、襲撃の回数は増えている。
彼らが口をそろえて言うのは、「これ以上成長する前に、始末しなければとんでもないことになる」というセリフだった。
現時点でも、俺を殺せる者など現れそうにないんだが……。
五歳になり、喋れるようになったことで、魔力操作の精度は段違いに上がった。
今では大地を揺らすどころか、雷を落とし、嵐を呼び、風を操ることもできる。
ただし、回復魔法は一切使えない。
完全に攻撃特化型の才能らしい。
しかも、魔力がどれだけ破格でも、体はあくまで単なる三歳児だ。
昼寝は必須だし、徒歩の移動距離も知れている。
それでも、攻撃することに関しては、現状、向かうところ敵なしという感じだ。
「そろそろ俺に敵いはしないことを、学んでほしいものだな」
やれやれと溜め息を吐いたとき――。
パタ、パタ、と控えめな翼の音が聞こえてきた。
『ルシウス様~!』
空を見上げると、丸っこい体に薄紫の羽を生やしたミニバットが入ってくる。
ガルグイユだ。
あの巨竜が、なぜ、こんなちんまりとした姿になったのか。
理由は簡単。
奴が俺の命に応えるため、死ぬほどの努力をしたからだ。
『意思と想いの力で進化したのなら、退化だってできるはずだ。ガーゴイルの祖先は、ミニバットだという。ミニバットの姿であれば、人間を脅かすこともないし、赤子の俺を運ぶ翼替わりにちょうどいいサイズ感だ。というわけで、ミニバットに退化するよう、死に物狂いで努力してみろ』
かつてそう命じたとき、ガルグイユは震えながらも、必死に頷いてみせた。
結果が、この姿だ。
努力の甲斐あって、王宮の連中はガルグイユを完全に愛玩動物扱いしている。
おかげでガルグイユは王宮内を自由に飛び回れるようになり、俺の使いをあれこれこなせるようにもなった。
「ルシウス様がまたいなくなっちゃったって、王宮中大騒ぎになってますよ~!」
水竜のときは、やけに響くテノールだったのに、体のサイズ感に合わせて声質も変わるのか、ミニバット時のガルグイユは幼女のような声をしている。
「散歩をしていただけだ。皆、大げさだな」
俺が肩を竦めてみせると、ガルグイユは情けない声を上げた。
『ルシウス様のお散歩コースには、暗殺者と陰謀と血の匂いが付き物なんですよぅ……! 人間たちの心臓がいくつあっても足りません……!』
そこへ、ちょうどガルグイユの発言を裏付けるように、汗だくの兵士が駆け寄ってきた。
「殿下! ああ、よかった……!! ご無事でしたか!?」
「こちらで、とんでもない魔法の揺れがありましたよね!? また暗殺者の襲撃にあわれたのでしょう!? お怪我は……!?」
俺はきょとんと首を傾げてみせた。
辺りには、倒れた敵も、血の一滴も、魔法の痕跡も残っていない。
少し強く風が吹き、葉がさらさらと揺れているだけだ。
「……?」
ガルグイユをはじめ兵士たちは周囲を見回し、困惑した表情を浮かべる。
「……何も、ありませんね?」
「たしかに一瞬、強力な魔法が発動された感覚はあったのですが……」
「それにさっき、一時的に風向きが妙でしたよね。内側から吹き上がるような……」
だが、証拠がないのだから彼らにはどうしようもなかった。
俺は無邪気を装って、兵士のマントの裾をつまむ。
「兵士たち、『今日も問題なし』と報告日誌に書いておくといい」
にこっと微笑みかけると、兵士は「うっ、か、かわいい……」などと顔面を赤くさせた。
この方法で大人共があっさり屈することも俺は知っている。
ちょろいもんだ。
「……こほん。と、とにかく殿下、勝手にお部屋を抜け出されては困りますよ……」
そう言いながらも、その声音には、もはや諦めにも似た慣れが滲んでいた。
「って、ああっ! ルシウスさま~~!! そろそろ護衛候補を面接するお時間ですよ~~!!」
「……またか」
やれやれ。
どうせ今日も、参加者の中には暗殺者が紛れ込んでいるのだろう。
一日で、二度も三度も暗殺者を始末することになるとは。
本当にこの王宮、下手なダンジョンより危険だ。
「まあ、いい。まとめて相手をしてやろう」
もしかしたら、一日で倒す暗殺者の人数を更新できるかもしれない。
そんなことを考えながら面接会場に向かった俺は、その入口で、今までにないはっきりとした違和感を覚えた。
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