第10章85【眠れる村と目覚める影】
新章突入です!
小さな村――《トリエン》は、まるで時間が止まったかのように穏やかだった。
川がゆったりと流れ、木々のざわめきが昼下がりの空に溶けていく。
かおるとアリシアは、森での激戦の疲れを癒すように、久方ぶりの平穏を噛み締めていた。
「この村……なんだか懐かしい空気ね」
アリシアは窓辺から差し込む陽光を浴びながら、穏やかに微笑む。
かおるはその隣で、村の人々が畑を耕す姿を静かに見つめていた。
「そうだな。まるで、戦いなんて世界に存在しないみたいだ」
そんな折、薬草の束を抱えたセラが戸口をノックした。
「おじゃましてもいいかしら?」
「セラ。……ありがとう、昨日は助かった」
かおるが礼を述べると、セラはふっと笑った。
「昔はあんたが私を庇ってくれてたのに、今じゃ逆ね」
アリシアも軽く会釈をする。「ありがとう、セラさん。おかげでかおるも落ち着けてる」
「別に礼なんていいのよ。私、この村が好きなの。だから、誰かが困ってたら手を差し伸べたいだけ」
そう語るセラの表情は、どこか過去の重さを感じさせた。
数時間後、村の広場で市が開かれ、人々が手作りの品を持ち寄って賑わっていた。
かおるとアリシアは、村人たちに案内されて歩く。アリシアが珍しそうに果実酒の匂いを嗅ぎ、かおるはパンをひとつ手に取った。
そのときだった。
――カァァン……
遠く、鐘のような音が鳴る。だが村には鐘などない。
セラの表情が凍った。「この音……」
かおるが即座に反応する。「知ってるのか?」
「これは“影の徴”よ。この村が過去に一度だけ襲われたときに聞いた音……!」
その瞬間、地の底から湧き上がるような異様な気配が、村全体を包み込んだ。
「来たか……!」
村の東端、森の中から現れたのは、黒衣に身を包んだ数人の人影。
その先頭に立つのは、あの仮面の少年――ではなく、別の人物だった。女だ。
髪を白銀に染め、虚ろな瞳を持つその存在は、人とも魔物ともつかない不気味な雰囲気を纏っていた。
「ようやく、追いついた」
その声は、どこかで聞き覚えがある気がした。
かおるの胸の奥に、かすかなざわめきが生まれる。
「貴様……!」
「“覚えていない”か。それも無理はない」
女の声はどこか悲しげだった。
アリシアが剣を抜き、セラも薬袋から奇妙な瓶を取り出す。
「ここで止めるよ、かおる。あたしのこの村を、あんたの居場所を……奪わせない!」
「セラ……!」
そして再び、戦いの幕が上がる。
だがそれは、過去の因縁が蘇る始まりでもあった――。