第9章81【微熱、揺れる陽だまりの中で【後編】】
その日の午後、かおるはアリシアと森の外れまで出かけていた。
目的は薬草採取と、水汲み。それだけの平凡な用事のはずだったが、かおるの心は落ち着かない。あの夢の残滓が胸を締めつける。グレイズ……あの仮面の男が、どこかでこちらを見ている気がする。
「ねえ、かおる」
突然、アリシアが立ち止まった。陽の光が葉の隙間からこぼれ、彼女の横顔をやさしく照らしていた。
「どうした?」
「もし……また誰かに追われることになって、逃げなきゃいけないってなったら。私も一緒に逃げていい?」
「なに言ってんだ、当たり前だろ」
即答だった。だがアリシアは、少しだけうつむいた。
「でも私、足手まといかもって、少しだけ思ってたの。……かおるはすごい人だから」
「バカ言うなって。俺、アリシアがいたからここまで来られたんだよ」
そう言って、彼女の手をとる。
「……おれ、守りたいんだ。アリシアのこと。絶対に」
アリシアの目が、大きく見開かれる。
そして——
「……言ったね、いま」
「え?」
「今の、ちゃんと聞いたから。……逃げるときは一緒。絶対離れないからね」
笑顔だった。少しだけ頬を赤らめた、だけど確かな決意が宿る瞳。
その笑顔に、かおるはつい、見惚れてしまった。
——ドクン、と心臓が跳ねる。
だが、そんな束の間の幸せも、破られる。
「アリシア、伏せろ!」
直感だった。空気が揺れた瞬間、かおるは彼女を押し倒すようにして庇った。
直後、すさまじい爆風と光が森を包んだ。
「くっ……!」
煙の中、仮面が揺らめく。グレイズだ。
「——再会だな、転生違法者」
「ッ!」
目の前に現れた男は、やはり夢に出てきた《仮執行者グレイズ》だった。
その右手には、禍々しい黒の魔導具。空間を斬り裂くように、気配が揺れる。
「おまえを、次こそ執行する。それが我ら“執行機関”の義務だ」
かおるはアリシアを背にかばいながら、立ち上がった。
「アリシア、下がってろ。こいつは……俺がやる」
右手に魔力を集める。蒼く輝くその手には、再現能力によって錬成された、別世界の“技術兵装”が宿っていた。
「執行されるのは、そっちだ。……俺の《記憶》に殺されろ」
戦いの幕は、再び上がった。
——だがその裏で、もうひとつの影が動いていた。
グレイズとは別に、“仮面の少年”が、高台からその戦いを眺めている。
「なるほど……あれが、例の『再現者』か。面白い」
その口元は、仮面の奥でゆっくりと笑っていた。
「じゃあ、俺の出番は……もう少し後かな」
“次なる敵”の予感が、静かに世界を脅かしはじめていた。