第9章80【終わらない雨音、そして日常へ】
灰色の雲が空を覆い、雨が静かに降り続いていた。あの激戦から三日。かおるはまだ、仮面の男――クロウとの戦いの余韻を引きずっていた。
森の外れの仮住まいの小屋、その縁側に腰かけたかおるの隣にはアリシアが座っている。ふたりとも無言だった。だが沈黙は、不思議と居心地が悪くない。
「雨、まだ止まないね」
「……ああ。でも、悪くない」
ぽつりと呟いたかおるに、アリシアはそっと微笑む。
村の復旧は進んでいた。壊れた柵、焼け落ちた家屋、それらは村人たちの手で少しずつ修復されている。セラは、その指揮をとりながらも、かおるたちの様子を陰から見守っていた。
彼女が近づいてきたのは、午後になってからだった。軽装姿のセラは、濡れた肩にタオルをかけたまま、軒先に立つ。
「……アリシア、かおる。村長が呼んでるわ。休憩がてら、お茶でもどう?」
日常の呼び声。それは、重たい空気をゆっくりとほどいていく。
村長の家では、香ばしいハーブティーと焼き菓子が用意されていた。村長は穏やかに語り始める。
「君たちには、感謝してもしきれない。だが……この静けさは、おそらく一時のものだ。"外"では、もう次の動きが始まっている」
「わかってます。けど、俺たちは今ここにいる。今は……日常を守る番です」
かおるの声に、アリシアもうなずき、セラも静かに目を閉じた。
その日、夕食は焚き火を囲んで取った。村人たちと共に笑い合う中で、かおるはようやく肩の力を抜くことができた。
夜、満天の星空の下、彼はひとり丘の上に立つ。
背後から足音。
「……かおる。こんな時間にひとり?」
「セラか。いや、ただ……風に当たりたくて」
セラは隣に立ち、星空を見上げた。
「私ね、あなたに感謝してる。命を賭けてまで……村も、私たちも、守ってくれた」
「……俺は、自分を守るために戦ったんだ。結果的にみんなが助かった。それだけさ」
「それでも、私には……十分よ」
そう言うと、セラは静かに立ち去っていった。
かおるは再び空を見上げた。
――静かだ。けれど、どこかで、時の歯車がまた動き出す音がしている。
次なる嵐は、確かに近づいていた。