第9章78【夜を駆ける金の瞳】
夜が更け、かおるたちはそれぞれの部屋で休んでいた。
だが、かおるの頭の中には、夕方に見た金の瞳が焼きついて離れなかった。
――あの猫は、ただの迷い猫じゃない。
それだけは確信できた。
「……アリシア、まだ起きてるか?」
かおるは隣の部屋をそっとノックした。
ドアがすぐに開き、寝巻き姿のアリシアが出てきた。
「……なに? 怖い夢でも見た?」
「違う。ただ、さっきの猫……あれが気になって眠れないだけ」
「そうね。私も……何かあると思ってるの」
二人は小声で話し合いながら、静かに玄関を出た。
満月が村を静かに照らし、遠くでフクロウの鳴く声が響く。
かおるの足は、自然と市場の方へ向かっていた。
アリシアも黙ってその後に続く。
やがて、彼らは市場のはずれ――古びた蔵の裏手で、それを見つけた。
「いた……!」
アリシアが小さく叫ぶ。
黒猫はそこにいた。まるで待っていたかのように。
「おい、どうしてこんなとこに……」
かおるが声をかけると、猫は彼らを一瞥し、静かに歩き出した。
まるで「ついてこい」とでも言うように。
「追おう」
二人は走った。猫は音もなく、屋根の上や石垣の上を軽やかに駆けていく。
しばらくして、猫は村の外れ、古い神殿跡にたどり着いた。
そこはすでに風化が進み、祠のようなものがぽつりと立っているだけだった。
「……ここって、立ち入り禁止だったはずじゃ」
アリシアが不安げに言うが、猫は祠の中へとすっと消えていった。
中に入ると、薄暗い空間に不思議な光が漂っていた。
中央には石造りの台座。そこに、1冊の古びた本が置かれていた。
「なにこれ……?」
アリシアが本を開くと、そこにはこう記されていた。
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《選ばれし者へ―― 汝が魂に影宿らば、この書に触れし時、真実の扉は開かれん》
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「選ばれし……?」
かおるが本に触れた瞬間、祠全体が微かに震え、まばゆい光が広がった。
黒猫は台座の端に座り、ゆっくりと――人の言葉を話し始めた。
「よくぞ来た。『異界の来訪者』よ」
「……喋った!?」
「我は《記録の使徒》。かつてこの地を守護したものの、最後の残滓」
かおるもアリシアも、言葉を失った。
猫はゆっくりと語る。
「この村には“記憶”が眠っている。世界の歪みと、転生の真実に関わる記憶がな……」
「転生……?」
かおるが反応する。
「そう。お前の存在そのものが、この世界にとって“異常”なのだ。
だが、その異常が起こるたびに、誰かが“調整”をしてきた。
その記録を、ここに眠らせている」
「……つまり、この神殿には、俺の……俺たちの秘密が?」
「その通り。そして、お前は選ばれた。
この真実を、受け取る資格を持つ者として」
黒猫は、再び静かに語り終えると、その身を淡い光に変え、再び本の中へと吸い込まれるようにして消えた。
沈黙。
「……なんか、やばいこと聞いた気がする」
かおるがぽつりと呟いた。
「でも……これで終わりじゃないわ」
アリシアの目が真剣な光を帯びる。
「真実に近づくほど、世界の“調整者”たちが動き出すわ。
私たちの前に、きっと……敵も現れる」
かおるは深く息を吐き、夜空を仰いだ。
「それでもいい。俺は……知りたい。自分が、なぜここにいるのかを」
風が吹いた。
夜の静寂に包まれながら、二人は確かな“何か”を感じていた。
この村の日常の裏側には、まだ眠る謎がある。
それを追うことは、かおる自身の運命に繋がっている――