第9章77【騒がしき日常と、迷い猫騒動】
予定どうり日常回をこれからも書き続けます!
春の陽気が村を包み込み、かおるたちの暮らしはますます落ち着いたものとなっていた。
村の広場では、市場が開かれ、人々が笑顔で声を交わしながら、新鮮な野菜や焼きたてのパンを売り買いしていた。
そんな中、かおるは荷物持ちとしてアリシアの買い物に付き添っていた。
「トマトと……あとはミルク。あと何か欲しいのある?」
アリシアが買い物袋を覗き込みながら聞く。
「俺はもう十分。っていうか、この量、俺が運ぶんだよな?」
かおるが肩をすくめると、アリシアはくすりと笑った。
「当然じゃない。ほら、力持ちなんだから」
そんな軽口を交わしていると――。
「きゃああああっ! ね、猫がぁあああっ!」
市場の一角で、叫び声が響いた。
かおるたちはその声に反応し、すぐに現場に駆けつけた。
そこには、老婆が転びかけているのを支えるセラの姿があった。
「どうした?」
かおるが尋ねると、セラはやや興奮した様子で言った。
「猫が……すっごい速さで飛び出して、野菜をぐちゃぐちゃにして逃げていったの! あの猫、ただの猫じゃない!」
「……魔獣ってことか?」
かおるが警戒するが、老婆が震える声で言った。
「い、いや……確かに猫なんだけど……どこか変なの。目が金色に光ってて……」
その話を聞いたアリシアがぽつりと呟いた。
「もしかして……妖精猫かもしれない」
「妖精猫?」
かおるが首を傾げる。
「古い文献で見たことがあるの。人の感情に反応して姿を変える猫で、魔法的な能力も持ってるって」
「つまり……そいつが村に紛れ込んだってことか」
かおるは腕を組んで考え込む。
「このまま放っておくと、被害が広がるかも」
アリシアが真剣な表情で言うと、セラが拳を握って言った。
「だったら、私たちで捕まえようよ! ね、かおる!」
「……了解。どうせ、放っておいても騒動になるだけだしな」
かおるはため息をつきながらも、すでに行動を開始していた。
こうして、思わぬかたちで始まった「妖精猫捕獲作戦」。
三人はそれぞれに役割を決めて、市場の周辺や家屋の隙間、森のふちまでを調べて回った。
だが、猫は姿を見せてはすぐに消える。
何度か見かけても、金色の目だけが印象的で、あとはただの可愛らしい黒猫の姿だった。
「はぁ……ほんとにただの猫なんじゃないのか?」
かおるが木陰に座り込むと、セラが首を振った。
「違うよ。さっき私の目の前で空中に浮いたんだから!」
「その証拠、見たのセラだけだぞ……」
かおるが呆れると、アリシアが地面に落ちていた奇妙な足跡を指さした。
「でも見て。猫の足跡だけど、途中でいきなり消えてる。これは普通じゃない」
結局、猫の正体は掴めないまま、日も暮れ始めた。
三人は一度家に戻り、夕食を囲むことになった。
「今日の夕食は私が作るわ。ちょっと冒険したレシピだけど、楽しみにしててね」
アリシアが笑顔で台所に立つと、セラはさっそく食器を並べ始めた。
かおるは窓の外をぼんやりと眺めながら、思う。
騒がしいけれど、こういう日々も悪くない――
敵がいない、争いもない。
仲間たちと笑い、食卓を囲む時間こそ、本当の意味での「救い」なのかもしれないと。
……そして夜。
その静寂の中、窓の外に一匹の黒猫が現れた。
金色の瞳が、じっと家の中を見つめていた。
かおると目が合った瞬間、その猫はふっと消えた。
「……やっぱり、お前、普通じゃないな」
その呟きに答えるものはなかったが、かおるの中には確信が芽生え始めていた。
この猫は、何かを伝えたがっている――