第8章74【揺らぐ記憶、燃ゆる刻印(後編)】
クラウス――白塔連盟の幹部にして、かおると同じ“転生違法者”。
その男は微笑みながら、薄暗い地下遺跡の祭壇に立っていた。
「ようやく会えたな、かおる。お前をこの場に導くために、どれだけ手を回したか……」
「クラウス……お前は、どうして白塔に加担した。俺たちの世界に帰るためか? それとも、別の目的がある?」
「帰る?……フッ、違うな。俺は“この世界を正しく導く”ために動いている。記憶を操り、運命を設計する……転生者こそ、神の代理人として世界を修復すべきだと気づいたんだ」
「……狂ってる」アリシアが声を絞る。
「たしかに。だが、正気のまま生き残れるほど、この世界は優しくなかったよ。俺の“元の体”は、もう滅びた。今の俺は……記憶と魂の残滓だけで出来た存在さ」
クラウスはそう言い、手をかざすと、祭壇が輝いた。
「見せてやろう。この魔法陣が“記憶刻印”だ。転生者の魂に直接アクセスし、記憶を抜き取り、他者に上書きできる。すでにお前の断片――かおる、お前の“憎悪”の記憶は複製してある」
「……なに?」
「“絶望を刻まれた、お前自身”と、今から戦ってもらう」
次の瞬間、光の中から現れたのは――**仮面を被った“もう一人のかおる”**だった。
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「記憶の断片体か……!」
かおるは構えた。目の前の“かおる”は、過去の自分、絶望の底で闇に呑まれかけた頃の意識を複製して作られた“写し”。
闘気が空間を震わせる。セラとアリシアも同時に動こうとするが、クラウスが結界を張った。
「この戦いは“本人同士”でしか成立しない。これは魂の決闘だ。外から手出しはできない」
「じゃあ、勝って壊すだけだ!」
かおるが吠えた。
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斬り合いが始まる。
技も、速度も、戦いの癖すら同じ――だが、唯一違ったのは“感情”だった。
「お前は……俺じゃない!」
かおるが叫ぶ。
「俺は仲間と生きる道を選んだ。だけどお前は、すべてを憎んで、世界を壊す側に回った!」
闇のかおるは返す。
「そうだ。俺は誰も信じない。仲間を信じた瞬間に、裏切られ、死んでいった……その記憶を、お前も持ってるはずだ!」
「……ああ、忘れてない。だから、俺はもう、繰り返さないって決めた!」
かおるは“未来”を信じて斬り込む。
闇のかおるが放った魔術をすれすれでかわし、炎をまとった一撃を――心臓に突き刺す。
「……俺は、俺を赦す」
断末魔のように、闇のかおるが崩れた。空中に光の粒が舞い上がり、やがて魔法陣が停止する。
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結界が解け、セラとアリシアが駆け寄ってくる。
「かおる、無事……!? 大丈夫?」
アリシアが抱きしめるように寄り添う。
「……ああ。俺の中の“過去”に、ちゃんとケリをつけた」
セラは少しだけ、寂しそうに笑った。
「……強くなったのね。かつての私も、あの闇に呑まれかけた。あなたは……立ち直れた」
「お前も……?」
「うん。でもね、あなたを見てて思ったの。“未来を変える強さ”って、こういうことなんだって」
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だがその時――クラウスが不気味な笑みを浮かべた。
「いい戦いだったよ。だが、まだ終わりじゃない。“本体”がここに来るまではな……!」
「……本体?」
クラウスの身体が音もなく崩れ、魔力の煙へと消えた。
それは“彼”の意識が、今ここにすらなかったことを意味していた。
セラがつぶやく。
「……あれは分体。記憶を核とした魔術的な存在だったのね。本体は別の場所にいる」
「じゃあ、これが全部……」
「前哨戦にすぎない」
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その時、かおるの頭に響く、誰かの“声”。
『かおる……助けて……俺は……生きてる……』
――カナメの声だった。
かおるは目を見開く。
「……生きてる!? カナメ、生きてるのか……!?」
アリシアがはっとする。
「今の……幻聴じゃなかった。魔力に同調してた」
セラも頷く。
「クラウスが見せたのは、恐らく“記憶の転送実験”の成果。カナメの意識が、どこかに封印されている可能性が高い」
「なら……助けに行くしかない!」
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遺跡を出た空の下、かおるは強く握った拳を胸に当てる。
「カナメ、お前を取り戻す。それができなきゃ……この力を手にした意味がない」
セラが隣に立ち、静かに言った。
「次の目的地は“原初の塔”よ。白塔連盟の心臓部。そこに、すべての記憶が保管されているわ」
アリシアがそっとかおるの手を握る。
「絶対に、置いていかないでよ?」
「もちろん」
そして三人は、再び歩き出す。
終わりなき戦いの、その先へ――。