第8章73【交差する剣と祈り】
今日の投稿もそろそろやめます!
――その朝、王都の空は灰色に濁っていた。
かおるは昨夜の戦いの余韻を引きずったまま、王都南区にある古書店で、一枚の地図を睨んでいた。
「この地下通路……やっぱり白塔連盟の旧施設とつながってる」
「なら、次の標的はそっちかもね」
アリシアは淡く微笑みながら、かおるに紅茶を差し出した。
昨夜の戦いの中で現れた仮面の正体――カナメの姿が、二人の中に重くのしかかっていた。
「俺たちの味方だったはずなのに……なぜだよ」
かおるの呟きに、アリシアは何も言わなかった。ただ、そっと彼の隣に座る。
そのとき、扉のベルが鳴った。
「……久しぶりね」
落ち着いた声に、かおるは顔を上げる。そこには、短く整えられた銀髪と、鋭い蒼い瞳。――セラ・アーデルハイトが立っていた。
「セラ……?」
彼女は、以前かおるたちと共闘した元騎士。今はある組織に身を置き、独自に白塔連盟の動向を追っていると噂されていた。
「ここに来るって確信はなかったけど……やっぱり、あなたが動いてるなら、いずれ交わると思った」
かおるは驚きを隠せなかった。彼女の気配は完全に消されており、まるで“狩人”のような雰囲気を纏っていた。
「今のあんた、随分変わったな」
「変わらないと、生き残れなかったのよ」
静かな語調の中に、数多の死線を越えた者だけが持つ重みが宿っていた。
「情報交換よ。そっちもカナメとやらに遭ったんでしょう?」
セラはそう言い、淡々と資料を広げ始めた。そこには、白塔連盟の構成と、“仮面部隊”の存在が記されていた。
「……仮面部隊は、記憶と人格を部分的に抑制する術式で操られている可能性がある。自我の一部は残されているけど、それが逆に厄介なの」
アリシアが息を呑む。「じゃあ……カナメも、本当の意志じゃないかもしれないってこと?」
「可能性はある。でも、確かめる術は今のところ――」
その瞬間、地響きが店内を揺らした。
「白塔か……っ!」
かおるが剣を抜くと同時に、壁が爆ぜ、黒いローブの一団が突入してきた。
仮面をつけた男女。その中心に立つ一人の女は、四本の剣を背負い、異形の魔力を纏っていた。
「目標確認。“かおる”……並びに、“白属性魔導兵アリシア”、及び“観察対象セラ・アーデルハイト”――排除開始」
その声は、機械のように無機質だった。
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(後半)
三人は無言で頷き合い、それぞれの構えを取った。
かおるが前線を取り、アリシアが魔法で支援し、セラが背後を取るように機動する。
「左の仮面、私がやる」
「右の術者は私が」
「じゃあ中央は俺だ――ッ!」
かおるの剣が風を切り、中央の異形の女と激突した。
彼女の剣は四本同時に動き、まるで舞のように攻撃してくる。
「剣を、複数操るだと……っ!」
一撃ごとに魔力が重なり、かおるの刃が押し返される。しかし、その奥にあった“殺気”の源を読み取った彼は、意識を集中させた。
「――“転写術式・第七相”」
かおるの剣が一閃し、風の刃が相手の肩を裂く。
その隙に、セラが背後から魔導の短剣を突き立てた。
「……それでも私は、あなたを信じたい」
セラの声に、かおるは一瞬動きを止めた。
だが、敵は止まらない。アリシアが精密な術式で相手の足を封じ、ようやく三人は形勢を逆転させた。
黒い仮面の一団が撤退を始め、建物の崩落とともに戦闘は収束した。
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終章
夕暮れの王都。
かおるとセラは屋根の上に並んで座っていた。
「昔のあんたとは、もう違うけど……今のあんたも、俺は嫌いじゃない」
「そんな言葉、簡単に信じないわ。でも……心には留めておく」
風が吹き抜け、セラの銀髪が揺れる。
「次に会うとき、敵か味方かは分からない」
「それでもいいさ。おまえが命を懸けてるものがあるなら、俺も――」
セラは小さく笑って言った。
「……あんた、本当に馬鹿ね」
そして、風とともに去っていった。
残されたかおるは、その背を見つめながら、再び剣の柄を握る。
――闇の中で交差した剣と祈りは、まだ物語の始まりに過ぎなかった。