第8章72【影に咲く、仮面の花】2
王都の裏路地。昼でも薄暗いそこは、今や“転生者消失事件”のホットスポットと化していた。
かおるとアリシアは、黒ずんだマントに身を包み、気配を殺して歩いていた。
――この地点で、三日前、第五級転生者の少女が姿を消した。
アリシアが指差す。
「この壁……妙に新しい。誰かが隠し扉を造ったか、あるいは――」
ガチャン。
壁が音もなく開き、闇の空間が現れた。
かおるは剣の柄に手をかけつつ、視線をアリシアと交わした。頷き合う。
二人は中へ踏み込んだ。
中は、意外なほど整備された空間だった。石造りの回廊。赤い紋様が天井を飾り、中央には“仮面”がいくつも飾られていた。
そのすべてが、無機質で、無言の怒りを宿していた。
「……これは、白塔連盟の、儀式部屋?」アリシアが呟く。
そこへ、仮面をつけた男が現れた。
――彼は、言葉を発することなく、かおるに剣を抜いた。
「来るぞ!」
かおるも剣を抜き、火花が散った。仮面の男の剣技は鋭く、魔力によって強化されている。が、かおるの“異常な感覚”が、刃の軌道を先読みする。
一撃、また一撃。
アリシアが援護魔法を放ち、かおるの動きがより滑らかになる。
「おまえの正体を……暴く!」
剣が仮面を砕く。
現れた顔は――
「……カナメ、さん……?」
それは、かおるが前世で信頼していた“同郷の転生者”の男だった。
かおるの前に何度も現れ、味方として戦ったはずの男。その顔が、今、仮面の裏にあった。
「おまえが……どうして……白塔に……?」
しかし、カナメの瞳は冷たい。まるで人間としての感情を捨てたかのようだった。
「――正義は一つしかない。おまえが間違っている、かおる」
そう言い残し、カナメは魔導転移によってその場から姿を消した。
残されたかおるは、愕然としながら拳を握る。
(俺が……間違ってる? 正義って、なんだ……)
アリシアがそっと彼の腕に触れる。
「間違ってないよ、かおる。私は、あなたの選んだ道を信じてる」
その言葉は、剣よりも強く、魔法よりも温かく、かおるの胸に沁み込んだ。
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王都の空に、再び不穏な曇天が広がっていく。
白塔連盟は、次なる計画――“転生者粛清”の段階に入ろうとしていた。
仮面を脱いだカナメは、組織の中枢で冷たく呟く。
「かおる……おまえが、この世界の癌だ」
一方、かおるは新たな決意を胸に、アリシアと共に立ち上がる。
守るべきもののために――戦うと決めた。