第8章72【影に咲く、仮面の花】
王都ヴェルマリアの朝は、いつも通りの静けさに包まれていた。
だが、今朝は違っていた。
かおるの耳には、微かな羽音と、重苦しい空気が感じ取れていた。まるで空を覆う何かが、街全体を包んでいるかのような、鈍く圧し掛かる気配。
「……今日の空、変だな」
目覚めの紅茶を一口啜りながら、かおるは窓の外を見上げた。曇天というには明るすぎる空。その色は、灰と薄青が混じり合ったような、不気味な色合いだった。
アリシアが寝室から出てくる。眠たげな顔に寝癖が付き、白い寝巻きが朝日を透かして揺れる。
「ふああ……かおる、何かあった?」
「空が、変なんだ。鳥の鳴き声も聞こえない。静かすぎる」
アリシアも窓の外を見ると、薄く息を呑んだ。
「……まさか、また“連中”が?」
かおるは頷く。白塔連盟。仮面の男。そして、“告発者”と名乗る謎の存在。最近、王都では転生者と思しき人物が次々と行方不明になっているという報告が相次いでいた。
そして、その“消失”の地点には必ず、「仮面を被った男」が目撃されている。
かおるは、紅茶を机に置いた。
「調べに行こう、アリシア」
「うん。でも……気をつけて。前の戦いみたいに、無茶しないでよ」
アリシアが微笑みながら言うと、かおるの心にほんのりとした熱が灯った。彼女の笑顔は、かおるにとって、この異世界で唯一、嘘のない温もりだった。
「無茶はしないさ。……ただ、真実には近づく」
仮面の裏に潜む者。その正体に、もう一歩で届く気がした。
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