第8章71【静かなる朝、仮面の裏の気配】
今回の話からリリアはたぶん登場しなくなります。すみません…。
朝焼けが静かに部屋を染める。
かおるは天井を見上げながら、昨夜のアリシアとのやり取りを思い返していた。
(……近すぎたな、距離が。いや、あれはもう、キス未遂とか、そういうレベルじゃ……)
顔が熱くなる。思い出すだけで心臓が変な音を立てる。
「かおる、起きてるの?」
ノックと共に聞こえた声は、アリシアだ。
「お、おう。今、起きたとこ……」
扉の隙間から覗いたアリシアは、昨日よりもなぜか色っぽかった。シャツのボタンが一つ開いている。狙ってるのか、天然なのか、それはもう彼女にしか分からない。
「朝食、一緒に食べよ? ほら、昨日言ったでしょ。今週は“私が世話係”って」
「……それ、勝手に決めたよな?」
「異議ありなら、食事抜きでいいよ?」
「……いただきます」
朝食は、驚くほど家庭的だった。
卵にベーコン、焼いたパン。魔法も道具も使わず、手作りで。
「……うまいな」
「ふふっ、でしょ? 昔はね、こういうの毎日作ってたの。……家族のために」
かおるは、ふとアリシアの横顔を見た。寂しげな瞳に、過去の影が見えた気がした。だが、深くは聞けなかった。
***
その日の午後。セラが訪ねてきた。装備を少し簡素化したラフな姿。
「……来る途中、少し気配を感じた。見回りがてら、確認したけど」
「気配?」
「この町に“何か”が紛れ込んでいる。私もまだ、確証はないけど……ただの盗賊や追手じゃない、別の“属性”だと思う」
セラの声は真剣だった。かおるは頷いた。
(日常は、いつも長くは続かないってことか……)
アリシアも真顔に変わっていた。
「その“属性”って、例のあれ? 正体不明の“無”に近いやつ」
「たぶん。それが何かは、まだわからないけど……接触は避けたほうがいい」
会話の隙間に、不意に“空気の震え”があった。
セラがすぐに振り返る。かおるとアリシアも、同時に身構える。
だが――何も起こらなかった。
ただ一つ、窓の外に異様なほど黒い鳥がとまっていただけだった。
かおるは思う。
(この“静寂”が、嵐の前なのか……)
***
このまま、アリシアとの心の距離が縮まり、
セラと新たな共闘が始まり、
そして、“正体不明の敵”が静かに輪郭を表していく。