第8章64【仮面の微笑、静寂なる日常】3
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朝の光が窓から差し込み、かおるはアリシアの寝顔を見つめていた。金色の髪が枕にふんわりと広がり、かすかに動く胸元と、ゆっくりとした寝息が心地よい静けさを運んでくる。
「……まるで、悪夢から目覚めたみたいだな」
かおるはベッドの端に座りながら、穏やかな時間に身を委ねていた。ここ数日の出来事が嘘のように思える。
けれど、安寧は長く続かない。どこかで、確実に何かが進行している。ジーク、セリア、そしてクロエの死。すべてが“計画された終わり”だった。
それでも今だけは、彼女の寝顔に浸っていたかった。
「かおる……朝?」
アリシアが目を覚まし、無防備な表情で彼を見上げた。
「おはよう」
「あのさ……今日って、どこか行けたりしない? 買い物とか、デートとか……普通のこと、したいなって」
彼女の願いに、かおるは頷いた。
「わかった。今日は“普通”をしよう」
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街の市場では活気があふれていた。アリシアは久しぶりの外出に目を輝かせ、焼き菓子を選んだり、かおるの腕にさりげなく絡んだりしていた。
「ねえかおる、私のこと、ちゃんと“女の子”として見てる?」
「……今さら何を」
「だって……こうして一緒にいても、手を握っても、キスもしてくれないじゃない」
その言葉に、かおるは息をのんだ。
周囲の喧騒が一瞬、遠のいた。
アリシアは真っ直ぐに見つめてくる。瞳の奥には、迷いも、期待も、そしてほんの少しの寂しさもあった。
「……じゃあ、今ここでしてもいいのか?」
「うん……人前でも、かおるがしてくれるなら」
彼はそっとアリシアの頬を両手で包み、ゆっくりと顔を近づけた。
その瞬間、空気が変わった。
市場のどこかで爆発音。悲鳴が上がる。
「……またか」
かおるはアリシアの手を引き、路地裏に身を隠した。
「これは……ただの暴徒じゃない。組織的な襲撃だ」
そう呟いた瞬間、仮面をつけた一団が現れた。かおるはすぐさま“力”を隠したまま、反撃の準備を始める。
「アリシア、絶対に離れるな」
「うん……! 私、もう逃げない。かおるのそばにいるって決めたから!」
かおるは笑った。そして静かに仮面をかぶった――
仮面の微笑。それは、新たな敵と、新たな戦いの始まりを告げるものだった。