第8章64【仮面の微笑、静寂なる日常】2
アリシアは立ち上がると、まるで狩人のような鋭い目つきで周囲を見渡す。
「視線の方向は……南。村の外れに近い林のほうだと思う」
「じゃあ、行くか」
かおるは椅子から立ち上がり、アリシアと並んで家を出る。木製の扉が軋む音を立てた瞬間、乾いた風が頬をなでた。
村の中は相変わらず平和そのもので、農夫たちが畑を耕し、子どもたちの笑い声がどこかから聞こえてくる。けれど、かおるの中に生まれた不穏な感覚は、晴れることはなかった。
しばらく歩いた先――林の手前、ぽつんと立つ古い井戸の前で、二人は足を止めた。
そこに、ひとりの少女が立っていた。
「……誰?」
かおるが声をかけると、少女はゆっくりと振り返った。
年のころは十歳前後。だが、その瞳には年齢にそぐわない冷たい光と、底知れない「何か」が宿っていた。
「――おにいさん、やっと見つけた」
「……は?」
アリシアがすぐに前に出る。
「かおるに何か用? 警告しておくけど、私、こう見えて嫉妬深いから」
「そうだよね、アリシアおねえさん。だから、殺し合うの、楽しいと思ってる」
「……あ?」
その瞬間、少女の体から放たれる“重圧”が、空気を激変させた。
「っ……! こいつ、普通じゃない……!」
かおるが即座にアリシアをかばい、身構える。
「名前、教えてくれるか?」
「……【仮面の処刑人】。本名は、忘れたわ。でも“役割”だけは覚えてる。“違法者”を殺すために生きてるってこと」
――再び、波乱の幕が上がる。
だが。
そんな緊迫した空気とは裏腹に、少女はにっこりと無垢な笑みを浮かべた。
「でも、今日は違うよ? 今日は……遊びに来ただけ。ほんとに」
そう言って、少女はくるりと背を向けた。
「じゃあね、おにいさん。次に会うときは、もう少し“覚悟”を決めておいてね」
――木漏れ日の中に溶けるように、彼女は姿を消した。
「……かおる」
「わかってる。あれは……“敵”だ」
アリシアと顔を見合わせ、静かにうなずき合う。
だが、その夜。
「かおる、ひとつお願いがあるの」
「ん? なんだ?」
アリシアが、ベッドの上でかおるのシャツの裾を掴む。ふいに、まっすぐ見つめるその視線に、かおるはドキリとした。
「……怖いときは、ちゃんと甘えていいから。私がいるから」
そう囁くように言ったあと、アリシアはそっとかおるに寄り添い、頬を重ねてきた。
「アリシア……」
「な、なんか変なこと考えてない……よね?」
「いや、考えてた」
「やっぱりかぁぁぁぁぁあああああ!!」
夜の静寂が、彼女の叫びとともに破られた――。