第8章64【仮面の微笑、静寂なる日常】【前半】
王都の喧騒が遠ざかってから、どれくらいが経っただろう。
「……はぁ、平和ってのも、悪くないな」
木漏れ日の注ぐテラスで、かおるはカップに注がれた紅茶を揺らしながら、小さくため息をついた。
穏やかな昼下がり。現在、かおるは王都郊外の小さな村、〈ロセリア村〉に滞在していた。王都での激動の戦いから身を引き、束の間の休息を求めて訪れたのだ。
隣ではアリシアが椅子に足をかけて寝そべり、口元をだらしなく緩めている。
「ん……んぅ、かおる、また紅茶だけ飲んで……スイーツ残してる……もったいない……」
「寝言で食い意地かよ……」
思わず苦笑してしまう。この平和な空気が、ずっと続けば――いや、続けてみせる。そう誓いたくなるほど、久々に感じる「日常」だった。
遠くで羊が鳴き、小川のせせらぎが聞こえる。これまでの激闘の日々が嘘のような、穏やかな世界。
だが、かおるの本能は――かすかな〈違和感〉を感じていた。
アリシアの表情が、ほんの一瞬だけ、緊張に染まったことに気づく。
「……誰か、こっちを見てる」
アリシアが目を覚ました瞬間、そう呟いた。
「やっぱり……俺も、そう感じてた」
すっとかおるの表情から余裕が消える。
――静寂に紛れる、誰かの「視線」。
日常の裏に潜む〈仮面〉の存在が、ふたりに再び波乱の幕開けを告げていた。
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