第7章63【鍵を巡る三重奏 ―消えた王女と嘘つきの魔剣士―(終盤)】
ユリウスの頬が弾けた。
拳の一撃――だが、その威力は、肉体の力ではなかった。
「君……『視て』るのか」
「演技の綻びは、弱者にしか見えないんだよ」
かおるは低く構えた。
ジークが横に並び、剣を抜く。
「今なら分かる。こいつの“強さ”は演技じゃない。“嘘”の力を信じさせる演技力……それが、本当の力だ」
「面白い解釈だ。でも俺は、ただ生き残るために嘘をついてきただけさ」
ユリウスは肩を竦めると、剣を後ろに回す。そして、笑った。
「――じゃあ、本当の“俺”を見せてやる」
次の瞬間、彼の剣が輝いた。否、“輝いた”ように見せた。
その光は、視覚への錯覚――かおるだけが見破れる偽りだった。
「光ってない」
「え?」
ジークが一瞬たじろいだ。その隙を狙って、ユリウスが飛び込む。
(ジーク、下がれ!)
かおるは咄嗟にアリシアの腕を引いた。だが次の瞬間――
「かおるっ! あたしの胸に顔うずめてんじゃないわよっ!!」
「わざとじゃない! 今のは絶対事故!!」
「うそつけーっ!」
アリシアが真っ赤になりながら叫ぶ。だが、顔は嬉しそうだ。
ユリウスが笑った。
「……なるほど。君たち、いい関係だな。あの王女も――嫉妬してたのかな?」
「アルメリア王女の話を出すな!」
ジークの叫びと共に、彼の剣が閃く。
それを受け止めたユリウスは、少しだけ口元を歪めた。
「ふふ……やっぱり、本当に強いのは、嘘じゃない“感情”の方だな……」
その瞬間、セラの短剣がユリウスの背後に届いた。
「隙だらけ」
「……うまくやったな。そうか、“連携”か」
ユリウスが剣を落とした。
そして、ゆっくりと地面に膝をつく。
「俺は……アルメリアを“守りたかった”だけなんだ。帝国も、王国も……彼女にとっての檻だった。だから……」
「――どこだ。王女はどこに?」
かおるの問いに、ユリウスは微笑んだ。
「西の“凍える塔”。王女は……そこで眠ってる」
彼の言葉と共に、空が唸った。
北の空に、黒く渦巻く残滓が見える。
「……扉が開き始めてる」
セラが呟いた。
「行こう。止めないと」
かおるの決意に、アリシアが並び立つ。
「私も行くわ。王女を救って、全部終わらせるために」
「私もだ」
ジークが剣を背負う。
「……王女を“愛してた”からな」
そして――
「私も行くわ」
セラが静かに言った。
「たとえ恋愛感情がなくても。私は、君たちと行動を共にすると決めたから」
「セラ……ありがとう」
かおるは微笑み返す。
その笑顔に、ほんの少しだけ、セラの頬が赤らんだ。
「誤解しないでよね。別に……あんたのことなんて、好きじゃないから」
(ラブコメか、これは……?)
そう思った瞬間、アリシアがかおるの腕をぎゅっと抱く。
「わたしは好きよ。だから、絶対死なせないでね。かおる」
「……うん。絶対、君も守る」
少しだけ、言葉が重くなった。
だが、今はそれでいい。
“嘘”と“真実”が交差する戦いは、まだ始まったばかりだ――。