第7章63【鍵を巡る三重奏 ―消えた王女と嘘つきの魔剣士―(中盤1)】
アルメリア王女の消息を追って、かおるたちは王都近郊の《ネブラ峡谷》へと足を運んでいた。
そこは帝国軍と王国軍の境界に近く、スパイや追放者、密輸者がよく通る「灰の谷」と呼ばれる地帯だ。
「こんなところに王族が来るとは思えねぇけどな……」
ジークが不機嫌そうに言いながらも、足取りは軽い。
対して、アリシアは珍しく口数が少なかった。普段はかおるに突っかかるような彼女も、王女失踪の件が深刻であることを理解していた。
セラは小型の飛行魔獣を放ち、空中から周囲の探索を続けている。
そして――
「いた」
セラがぴたりと足を止めた。
「地面に、血痕。これは……最近のもの。おそらく、王族か、貴族階級の靴跡と一致する」
「追おう」
かおるたちが血の跡を辿ると、やがて崖の縁に一人の青年が立っていた。
黒髪、痩せぎすの体躯、右目に眼帯。背中には大きな剣。
「――止まれ」
セラが短剣を抜き、構える。
「その剣。アルメリア王女のものでは?」
青年は肩をすくめた。
そして笑う。
「やっぱ、追ってきたか。王女さまのお友達……それとも、王女を愛してた?」
「ふざけるな!」
ジークが斬りかかるも、青年は一歩も動かずにその剣を受け流す。
まるで動きが読まれていたかのように。
「俺の名前は、ユリウス・ヴァイン。
帝国にも、王国にも属さない“偽りの魔剣士”」
「……偽り?」
「そう。俺の使う剣技も、名も、すべて“嘘”だよ。信じた瞬間、君は死ぬ」
かおるは息をのんだ。
目の前の男は、尋常ではない。たった一太刀で、ジークの攻撃を捌く。まるで“未来を読んでいる”かのように。
「アルメリア王女は……無事か?」
「今はね。でも、あと数時間もすれば“門”が開く。
そのとき、鍵となる彼女の命も――必要になる」
アリシアが一歩前に出る。
「その計画、止めさせてもらうわ」
「……ああ、いいとも。でも、君たちが俺に勝てれば、の話だけどね」
次の瞬間、風が弾けた。
ユリウスの剣が地面を裂き、かおるとアリシアの間を通過する。
だが、それは牽制だった。真の狙いはセラ――
「っ、速い!」
セラが空中に跳び、かわす。その刹那、かおるは走り出していた。
(この男……“演技”してる。強者の演技を)
かおるの眼が光る。
それは、“弱者”の世界で生き延びた者だけが知る「違和感」だった。
「……読めた」
そして、一撃。かおるの拳が、ユリウスの顔面に炸裂する。