第7章63【鍵を巡る三重奏 ―消えた王女と嘘つきの魔剣士―】(前半)
――目覚めは、濁った空気の中だった。
かおるが目を開けたとき、すでにアリシアの姿はベッドの隣にいなかった。
外はまだ朝靄に包まれていて、小屋の外からはジークとセラの口論の声が聞こえる。
「俺は悪くない! アリシアが勝手に風呂を覗かせたんだ!」
「……その理屈が通じるのは、死人だけだぞ」
「やっぱり殺す気か!?」
かおるは額を押さえた。
昨日の戦いの疲労がまだ身体に残っているにもかかわらず、今日もまた喧騒で一日が始まるのかと、ため息をついた。
そして――
アリシアが扉を開け、無言で湯気の立つマグを差し出してきた。
「朝食、というか、スープだけ。昨日の残り」
「……気が利くな」
「ま、誰かさんがボロボロになって帰ってきたからね」
昨日、かおるたちは《古の塔》から脱出し、つかの間の休息を得た。
だが、それも束の間。
王都方面で動きがあるとの報告が、魔法の伝令鳥に乗って届いたのだ。
――“王女アルメリア、行方不明”
かおるの頭の中で、その一文が何度も響いていた。
セラによれば、彼女は第六王女でありながら、密かに帝国の軍備を調査していたという。
そして彼女が消えたのは、王家の中でも最大の軍事派閥が台頭し始めた“直後”だった。
「……アルメリア。あいつ、何か掴んでたんだろうな」
「それが、今の混乱の原因かも」
アリシアの言葉に、かおるは頷く。
しかし、それだけではない。もう一つ、彼の中に引っかかっていた言葉があった。
――《鍵》を持つ者が消えた。
ジークの口から漏れた、その断片的な情報。
アルメリアは、何か“禁じられた鍵”を所有していた。そして、それが奪われた。
「じゃあ、その鍵……」
「追うぞ」
かおるはスープを飲み干し、立ち上がる。
「たぶん俺たちが止めないと、“終わる”。世界が」
そして、再び彼らは動き出す。