第6章58【最初の犠牲】
昼下がりの王都。訓練所に響く鋼の音が、どこか不吉に空気を震わせていた。
かおるは訓練に身が入らず、いつものようにアリシアに斬り伏せられていた。
「また手を抜いてたでしょ、かおる」
「……いや、本気だったんだけどな。全然勝てる気しない」
アリシアは不満げに唇を尖らせたが、彼の目の奥にある“影”に気づいていた。
「……昨日のこと、まだ気にしてるの?」
「いや。むしろ……吹っ切れた。アヤのことも。俺の罪も。……これから全部、受け止めるって決めた」
その瞬間、訓練場の門が音を立てて開いた。
現れたのは――王都の北端に住むヒスイだった。
彼の顔は蒼白で、額には血が滲んでいる。
「村が……やられた。黒い霧に包まれて、みんな……!」
「……何だって?」
◆ ◆ ◆
すぐにかおるたちは現場へ急行した。
北端の村――そこには、かつて人が住んでいた痕跡すらなかった。
焼け落ちた家々。炭と化した大地。そして、中心にだけ残された奇妙な“印”。
十字に切り裂かれた地面。そこから這い出るかのように、黒いモヤが漂っている。
「これ……魔法の痕じゃない。もっと“禍々しい”何か……」
アリシアが警戒を強める。
ヒスイは、震える指で印を指した。
「俺の妹が……あの中にいたんだ」
その言葉を聞いたとき――
印の中心から、**“人の形をした何か”**が、のそりと這い出してきた。
白い仮面。黒い衣。無感情の目。
「“黒属性個体”田中かおる。排除対象として認定。開始する」
次の瞬間――
その仮面の者は、ヒスイの腹を貫いていた。
「あ……」
血が、弧を描いて散った。
「ヒスイ!!」
かおるは無意識に、地を蹴っていた。
右手が熱い。だが、何も発動しない。使えない。――魔法がない。
だからこそ、剣だけで、殴るようにその仮面を斬り裂いた。
「お前が……ッ!!」
刃が弾かれ、かおるは地に倒れる。
仮面の使徒は、冷たい目で告げた。
「あなたは――“世界の害”です。いずれ、完全に排除されます」
そう言い残し、闇の中に溶けて消えた。
◆ ◆ ◆
かおるは、ヒスイの亡骸を抱えながら、ただ呆然と空を見上げていた。
涙は出ない。ただ、腹の底が灼けるように熱かった。
「……“敵”が、動き始めた」
そのつぶやきに、セラとアリシアが黙ってうなずいた。
静かに、物語は崩壊の序章へと進み出す――