第6章56【閉ざされた書庫】
日常のざわめきが去った夜、アリシアは自室でふと天井を見上げていた。
「……やっぱり、気になる。あの記録、開く時が来たのかもしれない」
彼女の家系――アリステラ家は、古来より王家に連なる家系のひとつ。その地下には、代々口伝でのみ受け継がれてきた「封印書庫」が存在する。
そこには、“禁忌”とされる文献の数々が収められていた。
アリシアが蝋燭の灯りを片手に階段を下りていく。
「……お母さま、ごめんなさい。でも、私は彼の過去を知りたいの」
やがて、古びた石の扉の前にたどり着く。銀の鍵を差し込むと、錠前が重たく軋み、開いた。
そこには、無数の封印された本と巻物。
そして――
「……“転写記録書・黒属性個体編”?」
一冊だけ、周囲の本とは異なる黒い装丁の本が、彼女の目に留まった。
◆ ◆ ◆
一方その頃。
かおるはセラと街の郊外を歩いていた。戦闘訓練の帰り道。
「……なあ、セラ。最近、どっか落ち着かなくないか?」
「……そうね。あなたが少しずつ“思い出してる”からかもしれない」
「思い出してる?」
セラが、ふと真顔になる。
「この世界に来る前の記憶。……最近のかおるは、夜中にうなされてるわ。“名前を呼ぶ夢”を見てるでしょう?」
「え……」
確かに、最近“アヤ”という少女の名前を夢の中で呼んでいた気がする。
「誰だ……アヤって……?」
◆ ◆ ◆
夜が深まった頃。
アリシアは“黒属性個体編”を開いていた。古代語を翻訳しながら、震える指先でページをめくっていく。
そこにはこう書かれていた。
『黒属性とは、本来この世界に存在しない、異界由来の力である』
『黒属性を有する者は、存在するだけで“均衡”を壊すため、世界が排除しようと動き出す』
『かつて“アヤ”という少女が、その属性により破滅を招いた』
『そして今、新たな黒属性保持者が出現した。それが――カオル』
「っ……!」
アリシアの指が止まる。
この記録が事実ならば、かおるは世界に“バレたら即死”の存在であるだけでなく、元々この世界に来ることすら許されていない“禁忌”そのものだった。
「かおる……あなたは、何者なの……?」