第6章46【記録汚染《ノイズ》との遭遇】
その日は、朝から空気が重たかった。
風が湿っていて、鳥の声すら聞こえない。
「……セラ、顔色、悪いよ?」
かおるはそっと声をかけた。
「うん。なんだか、胸の奥がざわざわしてるの……“近づいてくる”感覚がするの」
セラの記憶が完全に覚醒してから、世界は微妙に変わり始めていた。
空の色が濁り、街の時計塔が少しずつ狂い始め、誰もその違和感に気づかない。
“記録汚染”が、目に見えない形で進行していた。
「アリシア、そっちはどう?」
「こっちも同じ。昨日から村の住人が“同じ言葉”しか喋らなくなってる。
まるで誰かのコピーを見てるみたいだった」
「記録ノイズか……」
かおるは、セラの記録体としての能力により、薄っすらと状況が掴めていた。
“世界の記録が侵されている”。
ある夜、ついにその“正体”が姿を見せた。
夜の森――月の明かりすら吸い込まれるような漆黒の気配。
突如、かおるたちの前に、黒い“ノイズの塊”が出現した。
形は人型だが、目も口もない。
ただ、うごめくようにして襲いかかってくる。
「来るぞ――ッ!」
かおるが咄嗟にセラをかばう。
剣を持つアリシアが飛び出す。
「言葉も持たず、心もないのなら――あたしが貫くだけ!」
斬撃一閃。
しかしノイズの体は、裂けてもすぐに再生する。
「再生能力!?」
「違う! これは……“記録の巻き戻し”!」
セラが叫ぶ。
「“攻撃された”という情報が消されてるの! この存在、記録そのものを操作してる!」
まるで過去を消し去るように、ダメージがなかったことにされる。
「……じゃあ、どうやって倒す?」
アリシアが冷静に尋ねる。
セラは数秒黙ったあと、目を見開いた。
「“自分の存在”を記録させる暇を与えない。
一撃で記録に残る前に、記録ごと消すしかない!」
かおるは頷いた。
「やるしかねぇな……」
そして、かおるは懐から一枚の“記録結晶”を取り出す。
「セラ、これ使う。お前の記録力で、こいつの“存在”を上書きしてくれ!」
「うん!」
セラが両手で記録結晶を抱き、祈るように力を注ぎ込む。
「記録指定:対象《ノイズ体》、認識値:0、反映記録:――存在しない」
その瞬間、ノイズ体が一瞬だけ“止まった”。
隙を逃さず、アリシアが跳躍する。
「この一撃で……終わらせるッ!」
剣が煌めき、ノイズを真っ二つに裂いた。
今回は、復元されない。
セラの記録力で“存在そのもの”が上書きされたためだ。
「やった……!」
――その直後。
「……記録体として、初の撃破。さすがね」
どこからか声が響く。
あの、仮面のラグズだった。
「次は、“ノイズ”じゃなくて“記録管理者”たちが来るわよ。覚悟、しておきなさい」
その言葉を最後に、空間は静けさを取り戻した。
「かおる……わたし、こわいよ」
「大丈夫。今度は、俺が“記録”を守る番だ」
セラは泣きながら、かおるの胸に顔を埋めた。
その傍らで、アリシアはつぶやいた。
「……この距離、縮まってるのか、広がってるのか。どっちよ……」
アリシアの胸にもまた、別の“揺らぎ”が生まれつつあった。