第5章45【“原典”の正体と、忍び寄る影】
セラの記録覚醒から一夜が明けた。
かおるは、目を覚ました瞬間から違和感を覚えていた。
隣にいるはずのセラが、布団の中にいない。
「セラ……?」
部屋を出ると、庭先でアリシアと話すセラの姿があった。
「昨日のこと……ほんとうに、全部思い出したの?」
「うん。断片的だったけど、今ははっきりしてる。わたし、“世界を記録する器”だったの」
「原典記録体……まさか本当に存在してたなんて」
アリシアの声は、どこか震えていた。
セラは静かに頷く。
「でも、それって“人間じゃない”ってことだよね?」
「……!」
背後から声をかけたのは、かおるだった。
「セラ、お前は“お前”だ。どんな記録が中に眠ってても、それを否定する気はない」
「お兄ちゃん……」
「俺にとっては、セラが泣いて、笑って、怒って、甘えてきてくれる。それがすべてだよ」
セラは涙ぐみながら、かおるに飛びついた。
「ありがとう……だいすき……」
その瞬間――
アリシアの眉がピクリと動いた。
「……なに、その“いちゃいちゃ”。朝っぱらから」
「え、あ、いや、その……」
「ま、いーけど」
アリシアが顔を背けた。だが、耳がほんのり赤くなっているのを、かおるは見逃さなかった。
そんな甘い時間も束の間。
空気が“裂けた”。
目の前に、漆黒の円環が出現し、その中から現れたのは――
「ようやく会えたわ、“原典”」
仮面の少女。
全身を黒い拘束衣のような服に包み、顔の下半分を白い仮面で隠している。
「……あなたは?」
「私? “記録連盟”の特使、《ラグズ》。あなたを“保護”しに来たの」
「保護、だって? 今さら誰が信じるか」
かおるが前に出るが、ラグズは首をすくめた。
「警戒しなくてもいいわ。私、今日の任務は“接触”だけ。連れて帰るのは次のフェイズ」
「ふざけるな」
アリシアが剣を抜く。
だが、ラグズはそれを見て小さく笑った。
「そう焦らないで。忠告だけ伝えに来たの。
“原典”が目覚めた以上、すべての記録装置が再起動される。
あのイグジスは、ほんの始まりに過ぎないのよ」
「……何が来るっていうんだ?」
かおるの問いに、ラグズは仮面の奥で笑った。
「“最初の断章”。世界の全記録が、今、再生されようとしてる。
そのとき君たちが、“まだ自分を信じていられるか”……楽しみにしてるわ」
そして、ラグズは姿をかき消した。
残された三人。
セラは、そっと口元を押さえていた。
「わたし……みんなを巻き込んじゃうのかな」
だが、かおるは優しく微笑んで彼女の頭を撫でた。
「巻き込まれても、俺は逃げないよ」
「そうよ、セラ。あんたは“ただの妹”じゃないかもしれないけど……
それでも、あたしたちの“大切な仲間”なんだから」
風が吹き抜ける。
だが、三人の絆は、さらに深く結ばれていくのだった。