第5章42【彼女は、誰なのか】
次の話から新たな敵がでてきます!お楽しみに!
眠る少女のそばに、かおるとアリシアは静かに立っていた。
彼女はクロエに酷似していた。しかし、名前も記録も“完全に空白”だった。
「まるで……白紙の存在」
アリシアが小さく呟く。
そのとき、ヴァイオレータの声が空間に響いた。
「“彼女”は記録上に存在しない。だが、君の意識の中で再構成された」
「じゃあ……俺が作ったってことか?」
「違う。“再生”したんだよ、かつて存在した誰かを」
かおるは少女の手を取る。その手は冷たいが、確かに命の気配を感じさせた。
「名前は……ないのか?」
「“記録上は”ね。でも、名付けるのは自由よ。記録とは、本来そういうものだから」
かおるは迷わず、彼女の額に手を当てた。
「……なら、お前の名前は――」
一瞬、記憶の奥が軋むような痛みが走る。
けれど、その中から浮かび上がった言葉が、彼の口をついて出た。
「――セラ。
お前の名前は、セラだ」
少女の瞼が震えた。
アリシアが思わず息を呑む。
「かおる……今、彼女の記録が書き換わったわ。完全に君の中に紐づいた」
「それって……どういう意味?」
ヴァイオレータは少しだけ微笑む。
「つまり、彼女を失えば君も壊れる。そして、君が壊れれば彼女も消える。
君たちは、記録上で“相互依存状態”になったの」
「なんだそれ……面倒くさいな」
そう言いながらも、かおるはセラの手を離さなかった。
「でも、それでも構わない。
俺は、もう誰も失いたくないんだ」
セラが微かに目を開けた。
その瞳は――まるで記憶のない赤子のように、真っすぐだった。
「……おにい、ちゃん?」
その一言に、アリシアの顔が一瞬ひきつった。
「ちょ、ちょっと待って! え、今、なんて言った!?」
かおるは苦笑いしながらアリシアの肩を叩いた。
「まあ、落ち着けって。とりあえず、目を覚ましただけでも――」
ドンッ!
空間が揺れた。
ヴァイオレータの顔色が変わる。
「来た……“記録執行官”。
君たちを消しに来たわよ」
警報のような音が空間中に鳴り響く。
“違法者たち”に残された時間は、わずかだった――。