第5章41【記録迷宮《メモリアル・レイヤー》】
――夢だ、と思った。
けれど、それはあまりにも鮮明だった。
「……なんで、今さら……」
かおるの視界に広がっていたのは、転生前の世界。
ビルが並び、空には電線。制服を着た自分が、スマホをいじっている。
これは、自分が死ぬ直前――いや、“転生する前の記録”。
(こんなもん、今さら見せて……)
「……それでも、君は選ばなかった。全部、忘れることを」
背後から声がした。振り向くと、そこにはヴァイオレータ。
「君は“思い出”を記録から守ろうとしている。でも、それは同時に“違法”なんだよ。
過去に未練を持つ。それだけで、記録世界にとってはノイズなの」
「だったら……消せよ。俺のことも、過去も、全部」
「消せないんだよ、君の中に“彼女たち”がいる限りは」
彼女たち。
アリシア。クロエ。ラゼル。そして、もういないイリナ――。
かおるは、何も言えなかった。
その“記録”は、確かに彼の中で生きていたから。
――その頃。
「んぐぅ……く、かおるぅ……!」
現実世界のアリシアは、必死にかおるの意識を揺り起こそうとしていた。
目の前のかおるは、眠ったまま微動だにしない。けれど、額にはうっすらと汗が浮いていた。
「こんなときに限って……」
アリシアはそっと、かおるの手を握る。
「ずっとさ、聞こうと思ってたんだ。
クロエのこと、イリナのこと……そして、私のこと」
答えは返ってこない。だけど、それでもいい。
「私は……かおるが好きだよ。
だから、過去がどんなに違法で、どんなに壊れてても、あんたを取り戻す!」
その言葉に応じるように、かおるの指がピクリと動いた。
そして――。
かおるの瞳が、ゆっくりと開いた。
「……アリシア……?」
「かおるっ!」
アリシアが思わず抱きついた。涙も、顔もぐしゃぐしゃのまま。
「ば、バカっ……どれだけ心配したと思ってるのよ!」
「わ、悪いって……」
けれど、そのぬくもりが確かに現実に戻ってきたことを告げていた。
「……ただいま」
かおるが小さく呟くと、アリシアは「おかえり」と、優しく笑った。