第4章35【裏切りの記録】
結構かいたよー!
王都の北区、記録管理局第七保管庫。
そこには、封印された記録が厳重に保管されている。普通の職員では立ち入りさえ許されない。だが今、その扉は無惨にも切り裂かれ、庫内に“異常”が広がっていた。
空間が歪み、書架が崩れ、記録が破壊されていく。
「やっぱり来たか……!」
かおるは崩壊しかけた通路を駆け抜け、中央区画の防壁を超えた。アリシアは彼の後ろをぴったりと追っている。
「ジリアンのやつ、ここで何を……」
かおるが息を呑む。その視線の先、記録の中心には少年が立っていた。
ジリアン。彼は目を閉じ、まるで記録そのものと“会話”しているかのようだった。
「君たち、遅かったね。もうこの記録は、全部“嘘”にしたよ」
「やめろ……!」
かおるは記録破壊を止めようと叫ぶが、その声は届かない。
ジリアンは優雅に振り返ると、ある“記録帳”をひらひらと掲げた。
「これはね、君の記録。“かおる・しらさぎ”という存在にまつわる、ある人物の証言だよ」
その瞬間、ページが開かれ――世界が揺れた。
かおるの頭に、“別の記憶”が流れ込んでくる。
それは、どこか暗い施設の中。幼い彼が拘束され、記録官たちに尋問されていた。
> 「彼の存在は違法です。だが、記録転写の責任者が保護申請をしてきました」
> 「……それが、アリシア・リュエル――だと?」
かおるは膝をついた。信じられない光景に、思わず地面を掴む。
「嘘だ……そんなはず……!」
アリシアが、俺を記録に刻んだ張本人?
違法記録の“共犯者”?
――裏切られていた?
「お前、何をした……ジリアン!」
アリシアも顔色を変え、かおるの元へ駆け寄ろうとする。
だがそのとき、ジリアンは言った。
「嘘だったとしても、君は信じる? それとも、記録通りに彼女を疑う?」
ジリアンの問いに、かおるは答えられなかった。
世界が、ゆっくりと色を失っていく。
そのときアリシアは、静かに言った。
「その記録、本物かどうか、私にはわからない。だけど一つだけ……私はかおるを裏切った覚えは、ない」
その言葉に、かおるの中で何かがほどける。
記録が真実とは限らない。
――今、自分の中にある“信じたい気持ち”が、本当の答えだ。
「ジリアン……俺はもう、お前の言葉に揺れたりしない」
かおるは立ち上がり、アリシアの手を握る。
「こいつが俺を守ってくれたのか、それとも罪を犯してでも俺を記録したのか……どっちでもいい。
俺は――この人を信じるって、決めたんだ」
ジリアンは微笑む。
「……いいね。そういう“感情”が、記録を歪める」
そして、彼は空間のひび割れに身を溶かすように消えていった。
「また会おう。“違法者”と“偽記録の共犯者”くん」
静寂が戻る。破壊された記録庫には、風の音すらない。
「かおる……本当に、いいの?」
「信じたいんだ。お前のことを」
アリシアは、はにかんだ笑みを浮かべた。
「……ありがとう。私も、君を守ってみせる」
二人の距離が縮まり、指先がそっと触れる。
小さな温もりが、記録には決して残らない“真実”を確かにした。