第4章32【記録の狭間、嘘つきの証明】
王都にある監視塔の上から、一人の少年が街を見下ろしていた。
フードを深くかぶり、右手には古びた懐中時計。
その文字盤には、数字の代わりに奇妙な“紋章”が刻まれている。
「……そろそろ、“奴”が動く頃か」
彼の名は、ジリアン。
“記録喰い”――違反者でも、記録者でもない、もう一つの存在。
一方、かおるたちは王都の表通りを歩いていた。
事件の余波も落ち着き、数日ぶりにアリシアと外を歩く時間が戻ってきていた。
「かおる、あそこの屋台……!」
彼女が指さしたのは、焼き菓子の店だった。
かおるは無言で手を引いて、屋台まで駆け出す。
「お前、甘いの好きだったっけ?」
「違うよ。君と、こうやって並んで食べるのが好きなの」
どこか気恥ずかしそうに、アリシアは笑った。
その瞬間――街の空気が、音もなく“止まった”。
「っ……今の、揺れ……?」
かおるは直感で感じた。“あれ”は、ただの空間の歪みではない。
次の瞬間、目の前の記録柱の一つが、空中で“書き換わった”。
【死亡記録:ユリア・ネーヴェ】
【原因:自死】
【目撃者:なし】
「ユリア……って、確か……議会の記録管理官……!」
アリシアの表情が一気に強張る。
「でも、この記録……“嘘”だ。ユリアは、昨日まで元気だった」
つまり――“誰か”が、意図的に【記録を書き換えている】。
「記録喰いが……動き出したのか?」
かおるは胸元のペンダントを握る。
これは、ライターを倒したときに残された唯一の痕跡。
“記録を食う者”に、対抗できるただ一つの“鍵”。
「アリシア……今度は、もっとヤバいぞ」
その言葉に、彼女も深くうなずいた。
「でも私は逃げない。君が嘘をついても、信じるって決めたから」
かおるは一瞬だけ、顔をそらして笑った。
「……ずるいのは、そっちだよ」
そして、ふたりは再び歩き出す。
記録が改ざんされ、真実と嘘の境界が揺らぎ始める――
“本当の敵”が、いま幕を開けようとしていた。