第4章31【君の記録に、俺はいたか?】
灰の図書館が沈黙してから、三日が経った。
王都の地下に広がっていた“記録空間”は崩壊し、今は立ち入り禁止区域として封鎖されている。
だが、かおるとアリシアだけは、特別にそこへ戻っていた。
崩れた本棚の奥、ひときわ古びた机に、一冊の記録本が残されていた。
その背表紙には、アリシアの名前が記されていた。
「……これ、私の……?」
彼女は震える指で本を開く。そこには、彼女が王都の孤児院で暮らしていた頃からの出来事が記録されていた。
誰にも言わなかった、夜の夢。
笑顔の裏で感じていた、恐怖や孤独。
そして――
「……かおる、との出会いが……ない」
かおるが眉をひそめた。
「どういうことだ?」
「私、君と出会った記憶はちゃんとある。でも……この記録には、“君の存在”が……一行も、書かれてないの」
アリシアの声は、かすかに震えていた。
「私の中の記憶が……嘘なの? それとも、“この本”が……?」
かおるは黙っていた。
何かを言えば、それが“真実として記録”されてしまいそうで――ただ、そっと彼女の手から本を閉じた。
「答えなんて、どっちでもいいんだ」
「……え?」
「お前が、“俺と出会った”って思ってくれてるなら、それが本当だよ」
そう言って、かおるは自分の胸を指差した。
「俺の“記録”には、お前がいる。――それで充分だろ?」
アリシアは、数秒黙ったあと、小さく笑った。
「……そういうの、ずるいよ。心に残っちゃうじゃん」
「残せ。俺のセリフ、記録に刻んどけよ」
ふたりは並んで、本棚の瓦礫に腰を下ろす。
天井の亀裂から差し込む光が、淡く二人を照らしていた。
「ねえ、かおる。もし君が記録されていない存在なら……これからの君の人生、私が一緒に“記録”してもいい?」
彼は、一瞬だけ驚いた顔をしたあと、うなずいた。
「“違法記録者”って肩書き、悪くないな」
ふたりの笑い声が、崩れた図書館に、優しく響いた。