第2章19【追跡者の影】
夜の森。深い闇の中、葉をかき分けながらカオルたちは進んでいた。
「……奴ら、完全に足取りを掴まれてるわね」
アリシアが低く呟く。背後からの気配は消えていない。まるで、こちらのルートを事前に読まれていたかのようだ。
「この感じ……ただの追っ手じゃないな」
カオルは木の陰に身を潜め、銃を構える。
その時だった。
――ぱちん。
音もなく空間が歪んだ。光学迷彩のように揺らめく影が現れ、そこから一人の女性が静かに姿を現した。
「久しぶりね、田中カオル」
銀白のショートヘア。鋭い金色の瞳。全身黒の軽戦闘服に、帝国の紋章をつけたコート。
「……セリア・グレイン!」
「第七情報部隊、転生者処理課。任務として、あなたを追っていたわ」
その目はまっすぐにカオルを見つめていた。迷いはない。だが、殺意もまた、なかった。
「処理課ってことは……俺を“排除”しに来たってことか?」
「本来なら、ね。だけど――」
セリアは言葉を切り、ふっと視線を逸らした。
「今回、私の判断で“監視継続”に変更した。報告には、逃亡したとだけ記録するつもりよ」
「……どういうつもりだ?」
「興味があるの。あなたが、あの“黒翼団”とどう向き合うのか。単なる戦力じゃない……“可能性”を見せたわ」
その言葉に、アリシアも目を見張った。
「ふぅん、スパイってわけじゃなさそうね。でも、もし裏切ったら?」
「その時は……私の手で終わらせるわ」
銃を抜く気配はない。だが、空気は一瞬凍りついた。
「セリア……あんた、本気だな」
「当然。私は“作戦”でしか動かない。でも、人としての直感も捨ててはいないつもり」
そう言って、セリアは背を向けた。
「しばらくはあなたの動きを見逃す。ただし、調子に乗らないで。私は“処理課の隊長”よ。情には流されない」
そして、光の粒となって森の闇に紛れていった。
静寂が戻った森の中。カオルは深く息をついた。
「……こっちを完全に殺せる立場の人間が、見逃すなんて普通じゃないな」
「ええ。あの女、タダ者じゃないわ」
アリシアは険しい表情で言った。
“監視者”セリア・グレイン。
この日から、彼女は陰からカオルを見守る存在として物語に絡み始めるのだった――。