第2章16【疑念と誓いの狭間で】
「……これは“感情”の証。もう逃げないって決めたから」
焚き火の光の中で重なった唇は、わずか数秒のことだった。
けれど、カオルの脳内は、それだけで真っ白になっていた。
(えっ、えっ……今のマジでキス!? 夢じゃない!? つーか誰!? 名前も知らねぇよ!?)
慌てて距離を取るカオルを、彼女は不思議そうに見つめていた。
そこへ、草を踏みしめる足音が近づく。
「……ずいぶん楽しそうね、カオル?」
アリシアだった。
クロエもすぐ後ろから現れる。二人とも、静かだが妙に空気が重い。
「こ、これは違うんだ! 誤解だよ! 向こうから急に……!」
弁明を始めようとした瞬間、クロエがずばっと口を挟んだ。
「状況よりも、彼女の“正体”が問題だと思うけど?」
クロエの視線は、少女の腕に浮かんだ紋様に注がれていた。
カオルが「擬体生命」という言葉を繰り返すと、アリシアの目が細くなる。
「黒翼団に“作られた”……?」
「信じられないなら、それでもいい。でも、私は……もう逃げないって決めたの」
少女の声は静かで、真っ直ぐだった。
だが、仲間たちにとっては簡単に受け入れられるものではなかった。
沈黙のなか、アリシアが一歩、彼女の前に出る。
「……なら証明してよ。自分が“敵”じゃないってことを」
「どうやって?」
「私と一緒に、黒翼団の残党のアジトを叩くの。潜入任務。危険だけど、信用されたいなら、行動で示して」
少女は一瞬だけ目を伏せたが、すぐにうなずいた。
「……わかった。やる」
そのやりとりを見ていたカオルは、アリシアの方を振り返った。
「お前……無理しすぎんなよ?」
アリシアはふっと笑って、少しだけ頬を赤らめながら言った。
「アンタに言われたくないわよ。……でも、ありがと」
その横顔に、カオルはドキリとする。
クロエが小さくため息をついた。
「はぁ……面倒な女がまた増えたわね」
そして彼らは、それぞれの想いを胸に、次の戦いの準備を進める。
アジト襲撃は、夜明けとともに始まる──