第12章120【彼らの正体、静かなる幕開け】
翌朝、宿の一階にある食堂。
パンを焼く香ばしい匂いと、珈琲の香りが漂うなか、かおるは目の前のクロワッサンにかぶりついていた。
「ん……やっぱり、ここの朝食うまいな」 「そう? 私はもうちょっと塩気が欲しいけど」 アリシアが紅茶を飲みながら、パン皿にバターを追加する。
ふと、カウンターの隅に見知った顔が座っていた。 昨日の夜に会った、エリシアとルーク。
「おはよう、旅の方々」 エリシアがにこやかに微笑み、かおるたちに手を振った。
「……おはようございます」 アリシアが少し警戒しつつも、礼儀正しく返す。
「君たち、昨日の祭りでは楽しめたようだね。だが、あれはほんの“前座”さ」
ルークの目がどこか試すように細められる。
「何が言いたい?」 かおるがフォークを置き、真剣な眼差しを向ける。
「いや……ただの世間話さ。だが一つだけ忠告をしておこう」 ルークは席を立ち、コートの裾を翻して言った。
「“嵐”は静寂のあとに訪れる。備えておいた方がいい」
不穏な言葉を残し、二人は食堂を後にする。
「……何だったの、あれ?」 アリシアが眉をひそめた。
かおるも答えられないまま、ただパンを見つめた。 しかしその視線の奥には、確かに揺れる警戒の炎が灯っていた。