第12章117【収穫祭と、はじまりの風】
祭り当日。空は高く澄みわたり、街全体が色とりどりの装飾で華やいでいた。
かおるはいつもの装備ではなく、軽装のシャツとズボン姿で広場に立っていた。剣も持たず、今日は“護る者”ではなく、ただの一市民として。
「かおる! こっちこっち!」 ミーナの声に振り返ると、クレアと共に手作りのお菓子を売る屋台の前で手を振っていた。
「朝から行列できてたのよ。ミーナの焼き菓子、やっぱり大人気ね」 クレアの言葉に、ミーナは少し照れくさそうに笑った。
「かおるさん、後で一緒に回りませんか?」 「ごめん、ちょっと待って。アリシアが……」
と、広場の中央——舞台の上に、アリシアが姿を現した。 淡い青のドレスに身を包み、花冠を被っている。
「ようこそ、収穫祭へ!」 アリシアの明るい声に、広場の人々が歓声で応えた。
その光景を見て、かおるは思わず立ち尽くす。
(……こんなにも、穏やかな時間が似合う人だったんだな)
そのあと、かおるとアリシアは人混みを抜けて、ふたりきりの時間を持った。
「……ねえ、かおる」 「ん?」
「私、ずっと夢だったの。こうして、笑顔で過ごせる日がくることが」
「……俺もだよ。……夢の中にいるみたいだ」
ふたりは、静かに手を重ねる。
その背後では、子どもたちが笑い、ヴァルドが舞台の照明を調整し、ルルが即興で作った歌を歌っていた。
それは、確かに終わりではなく——始まりの一日だった。