第12章115【穏やかな午後、二つの鼓動 】
あれから数日が経った。 静けさが戻った街は、少しずつだが活気を取り戻していた。
「かおるさん、これ、右に置いておきますね!」 新入りのミーナが、小さなバスケットを抱えて笑顔で声をかけてきた。
「ありがとう。手伝い助かる」
かおるは市場での品物整理をしていた。最近、戦いが終わったことを祝うように、小さな市が開かれるようになっている。
「兄は……ちょっと魚を釣りに行ってて」 ミーナはどこか照れくさそうに笑った。
「ヴァルドって……釣り、好きなのか?」
「ええ。大物を釣るのが夢らしいです」
アリシアはその様子を見守りながら、木陰に腰掛けていた。
「かおる、最近少し、穏やかになったね」
「……そうかもな」 かおるは空を仰いだ。柔らかい風が通り過ぎる。
「でも、きっとこれは……みんながくれた時間だから」
アリシアはそっと立ち上がり、彼の隣に並ぶ。
「これから、どんな未来が来るか分からない。でも——」
かおるが静かに口を開く。 「——それでも、進んでいこう。戦いがない日々を、今度こそ守り抜く」
そんな二人の会話をよそに、ミーナが転びそうになりながらも荷物を運んでいた。
「うわっ、きゃっ!」
「おっと」 ヴァルドが戻ってきて、間一髪でミーナを支えた。
「……あ、兄さん、早くない?」
「大物は釣れなかったけど……こっちのほうが大事だからな」
その言葉に、ミーナは小さく笑った。
夕暮れの中、小さな笑い声が市場に響く。
戦いのない時間。それは不慣れで、どこかぎこちないけれど——
確かに、そこに“平穏”は息づいていた。