第11章102【ゆれる昼下がりと、小さな約束】
泡だらけの朝をなんとか片付けたかおるたちは、昼過ぎにはすっかり落ち着いた村を取り戻していた。
「まったく、泡まみれの一日になるかと思ったよ」 「でも、なんだかんだ楽しかったよね」
アリシアはそう言って微笑むと、縁側に腰かけてお茶を啜る。
風鈴がちりんと鳴り、心地よい風が通り抜けた。
「……ねえ、かおる。今日って、何もない日なんだよね?」 「そうだけど?」 「じゃあ、一緒に散歩しない?」
彼女の誘いに頷いて、ふたりは村の外れ、小川沿いの道を歩くことにした。
草むらには小さな花が咲き、どこかで虫の声が響いている。
アリシアはふと足を止めて、空を仰いだ。
「……あのね。こうして歩いてると、すごく安心するの」 「安心?」 「うん。前は……何かに怯えてばかりだった。でも、今は──大丈夫だって思える」
かおるはその横顔を見つめた。強くて、優しくて、でもどこか脆い。
「それは、アリシアが強くなったからだよ」 「……それもあるけど、かおるがいるからだよ」
言葉に詰まったかおるの手を、アリシアがそっと握った。
「ずっと一緒にいたいな」 「……うん。俺も」
照れくさくて、でもどこか温かい沈黙が流れる。
──そのとき、ふたりの前を小さな影が横切った。
「ん?猫……?」
小さな猫、いや、猫のような毛玉の生き物がころころと転がっている。
「おや、あの子は……」
現れたのは旅人風の少女。栗色の長い髪に、ラフな装備。腰には小型の弓。
「すみません、その毛玉……じゃなくて、パフィーが迷子になってしまって」
アリシアが興味津々に近づく。
「名前はパフィー? ふわふわだね〜!」 「ふわっ……ふわ……」
毛玉──パフィーは喉を鳴らして気持ちよさそうにしていた。
「私、ユーリって言います。行商人兼、魔具調査員をやってるんです。村に寄らせてもらってもいいですか?」
こうして、新たな訪問者ユーリが仲間入りすることになった。
その夜、村の集会所ではちょっとした歓迎会が開かれた。
「こうして皆が集まって、ご飯を食べて笑い合えるって、いいなぁ」 「なにしみじみしてるんだよ、かおる。ほら、クレアがまた酔ってるぞ」 「にゃはは!酔ってないよー!」
宴は騒がしく、そして平和に続いていく。
──こうして、戦いのない日常の中、また新しい物語が少しずつ紡がれていく。
アリシアがふと、かおるの袖を引いた。
「ね、明日も……散歩、しよ?」
その言葉に、彼は笑って頷いた。