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復元師エーヴィヒは明日を語らない  作者: 音郷
ひび割れたカップ
2/12

02 

 


「……せい」


 今朝の出来事が頭から離れない。


「……先生」


 ――お父さんなんて大ッ嫌い!!


 娘の言葉が頭にこびりついて離れない。


「ラッセル先生?」


 カップを修復すれば娘は許してくれるだろうか。


「ラッセル先生!!」

「――ッ!?」


 思考の底に沈んでいたラッセルは、名前を呼ばれ、肩を震わせて顔を上げた。


「どうされたんですか? 顔色が悪いですよ?」

「あ、ああ…すまない」


 レインの顔を見て、今が仕事中なのだと思い出した。

 ラッセルは軽く頭を振る。

 ここは病院で自分は医者。そして、目の前の患者たちは、自分を必要としている。考え事に耽っている場合ではない。


「次の患者様のカルテです」

「ありがとう」


 手渡された書類に目を通しながらも、頭の片隅では娘の言葉がまだ消えずに残っていた。


「体調が優れないのでしたら早退されますか?」

「いや、この繁忙期に私だけが休む訳にはいかない」


 冬のこの寒い季節は体調を崩しやすい。現にここ数週間はひっきりなしに人々が診療所へと駆けつけている。


「先生が体を壊されたら困るのは患者さんですよ?」

「それは…ふぅ。そうだな、午後は半休をもらおう。シィータ先生に変わってもらうよう伝えておく」

「はい! 休むのも大事ですからね」


 本当に申し訳ないとラッセルは思うが、このままでは誤診をしかねない状態なのでやむを得ず休暇を頂いた。

 午後の光が少しずつ傾きはじめる中、ラッセルは昼食も取らず、ひとり足早に町へ向かう。

 通りに出ると、雪混じりの風がコートの襟元を冷たく打った。季節はまだ冬の只中。けれど、彼の胸の内は、それ以上に冷え込んでいた。


 最初に向かったのは、古びた雑貨屋だった。

 木製の扉を押し開けると、鈴の音と共に柔らかな香りが鼻をくすぐる。店内には手作りの陶器や、温かみのある生活雑貨が所狭しと並んでいる。


「すまない……これと同じカップを探しているのだが」


 カバンから、破片を包んだ布を取り出す。

 店主は目を細め、慎重に破片を受け取ると、棚を眺めて首をかしげた。


「うーん、似たようなのなら……この辺りかなあ。でも、これとまったく同じとなると……」

「そうか……すまない。手間を取らせてしまったな」


 その後も、二軒、三軒と店を回った。けれど、どこも同じだった。似て非なるものばかり。模様が違う、質感が違う、あのカップではない。


「ハァ…」


 白い吐息がため息と共に漏れる。天を仰げば粉雪が舞い降り、冷たい風が肌を切り裂くように凍てつかせる。


「あの日もこんな天気だったな…」


 ――お父さんなんて大ッ嫌い!!


 ラッセルの頭には幼いシュヴィが過去に言い放った、今日と同じ怨嗟の声が想い起こされた。


「…あれから13年も経つのか」

「ん? もしかして、ラッセルさん?」


 ラッセルが寒空の下、物思いに耽っていると栗色の髪をした青年が歩み寄ってきた。


「どうされたんですか、こんな寒い場所で」

「君は…」


 ラッセルは一瞬、目を細めて相手の顔を見つめた。

 ラッセルに話しかけたのは娘の婚約者であった。


「アルト君か…」


 優しそうな瞳と柔らかい物腰。ラッセルとはまるで正反対の彼。頑固で、不器用で、いつもうまく言葉を選べなかった自分と違い、彼は人を傷つけない話し方を自然にできる人間だ。

 娘が婚約者として彼を選んだのは、自分への当て付けだったのだろうか――ふと、そんな考えがよぎる。


「ここにいたら風邪引いちゃいますよ? あ、そうだ。僕お昼まだなんですよ。良かったら一緒にどうです?」

「あ、ああ…」


 アルトに促されるまま、ラッセルは近くの喫茶店へと足を運ぶ。


「それにしても今日は一段と寒いですね」

「そうだな」


 喫茶店の中はとても暖かく、外気に晒されて冷えきったラッセルの体を優しく包み込んだ。

 入口の天井には、魔法で作られた灯がふわりと浮かんで揺れている。小さな光の粒がゆるやかに舞い、柔らかい明かりを落としていた。

 如何にも若者向けな内装にラッセルはあまり落ち着かないのか、辺りを物珍しそうに見回す。


「もう少しレトロな雰囲気のお店の方が良かったですか?」


 そんなラッセルの落ちつかない様子を見て、アルトは店を変える提案をする。


「ああいや…こういう場所にはあまり来ないものだからな。だが、悪くない」


 店内の内装には少々思うところがあるが、娘の婚約者が選んでくれたお店である手前、今更もう少し年寄り向けの店が良いなどとは言えなかった。


「そうでしょう。良かった」


 椅子に腰を下ろすと、驚くほど自然に体が馴染んだ。木製の背もたれに背中を預けた瞬間、まるで何年も通っていたかのような、そんな不思議な安心感が胸に広がる。

 ラッセルは周囲を一瞥しながら、心のどこかに芽生えた微かな引っかかりに眉をひそめる。

 壁にかけられた絵画と、テーブルにあしらわれた古びた布。どれも見覚えがないはずなのに、どこか懐かしい。記憶の中の、ぼやけた風景と重なるような感覚。


 けれど、今はその感覚に浸っている暇はなかった。


 解決すべきことがある。

 ――娘の、あの目。

 自分を拒絶するような、けれど微かに揺れていた迷いと痛み。

 あれを、ただの衝突で終わらせてはいけない。


「ここのミートパスタが絶品なんですよ。お義父さんはどれにしますか?」


 ――お義父さん。


 その一言が、ラッセルの胸に思いのほか深く染み込んだ。

 シュヴィがアルトにそう呼ばせたのか、アルトが自然とそう呼んだのか。どちらにせよ、軽やかに放たれたその呼び方は、ラッセルの心の奥にある鈍い痛みに突き刺さった。


「……そう呼ばれるには、まだ早い気もするがな」


 わずかに苦笑を浮かべながら、ラッセルはメニューに視線を落とした。

 羊皮紙のような質感の紙に、手描きの文字で料理名が並んでいる。端には植物のイラストが添えられ、ハーブや香料の香りまで感じられそうな工夫がされていた。


「では、私も同じのを頂こう」

「はい! すみません、ミートパスタ2つとコーヒーを食後に2人分お願いします」


 柔和な笑みを浮かべて、アルトは注文をする。彼の言葉には、相手の懐にすっと入り込むような、自然な安心感がある。

 そんな彼を見れば、シュヴィが自身の当て付けなどで婚約者を選んだのではないとわかる。

 ラッセルは自分も彼のような性格であればと思った。ただ、そう考える自分が少し情けないとも感じた。


「仕事の方はどうだ」


 ラッセルは彼に聞きたいことがあったが、それを今口にするのは少し憚られた。しかし、無言で待つのも気まずいため、他愛もない話をする事にした。


「いやぁ、ぼちぼちです。今日は鉱石の採掘権を巡って言い争いが止まらずで…もうお腹ペコペコですよ」


 アルトの家は代々商人を生業とした一族であり、彼はその跡取り息子だ。

 とはいえ、元々アルトは家を継ぐ気はなく、自身は医者になりたかった。しかしながら、彼はその優し過ぎる性格からか、人の死と向き合うことが出来ず、実家へと戻り物で人を豊かにすることを決めた。


「お義父さんの方はどうです? この時期は忙しくて大変でしょう」

「ああ。だが、うちの診療所には優秀な若手がいるからな…大丈夫だろう」


 アルトは不意に窓を見ると、くすりと笑った。


「何かおかしかったか?」

「ああいえ…。僕がもう少し気骨ある人であれば、今頃は医師として多くの人を苦痛から助けられたのにと思って」


 その言葉にラッセルは少し驚いた。

 彼は優しすぎる。だからこそ医者には向いていなかったのだろう。人の死を前にして向き合えなかった自分を、心の奥で悔やんでいるのだ。


「実は昔、僕もあの奇病を患ったんです」


 中央諸国最大の交易都市グレーステでは、13年前まである奇病が蔓延していた。

 それは”花咲き病”という病で、一度罹患すると徐々に体が衰弱していき、やがて死に至るというものだ。

 初期のころではあまり症状は見られず、ただ体のだるさが少しある程度で、やがて病気が進行すると”花咲き病”特有のあまい匂いが体から出始める。

 そのあまい匂いが出始めた患者は、幻聴や幻覚といった症状が現れ数日以内に亡くなる。そしてある者は眼球から綺麗な花が突き出して絶命したことから”花咲き病”と名付けられた。


 特効薬が出る前までは、このあまい匂いを”死神の吐息”と呼び、自分も連れていかれるのではないかと皆恐れた。


「ですが…貴方が見つけてくださった特効薬のおかげで今日を生きています」


 アルトはしばらく沈黙を保ったまま、ラッセルの目をじっと見つめる。

 ラッセルの胸に、かつて失った命の重みが静かに響いた。


「そうだったのか」

「はい。そこからです、僕が医師を目指し始めたのは。まあ…結局患者が亡くなっていくことに耐えられず逃げてしまいましたが……」


 アルトは自嘲気味にそう微笑んだ。


「すみません暗い話を…」

「いや…そんな優しい君だからこそ、私は安心してあの子を任せられる」


 ラッセルがそういうと、アルトは少し照れくさそうに笑う。

 アルトが娘の婚約者で良かったとつくづくラッセルは思う。彼ならば自分とは違い、温かい家庭を築くことができるだろう。

 少なくとも、自分と同じ過ちを彼が犯すことはないとラッセルは思った。



 ※※※



 芳ばしく薫るミートパスタをフォークで巻きつけ口に運ぶ。程よいパスタの硬さが癖になり、咀嚼するたびに広がるトマトや玉ねぎ、にんにくがラッセルの舌を満たす。


「この味…どこかで」


 ラッセルはこのミートパスタに先程と同様の妙な既視感を抱いた。なぜなら記憶の中で味わったことのある物であったからだ。


「口に合いませんでした?」


 一口食べたところで動きを止め、何やら思案しているラッセルに疑問を持ったアルト。


「ああいや…何でもない」


 曖昧に首を振りながら、ラッセルは再びパスタを口に運ぶ。

 やはりただの勘違いではない。口の中に広がるこの風味、しっかり煮込まれたトマトソースの奥に、かすかなローズマリーの香りが漂う。このわずかな余韻が、何かを確かに思い出させようとしていた。


 そしてそのまま、目の前のテーブルへと視線を落とす。

 光を吸い込んだような古びた木目。そこにかかっている、どこか懐かしい柄のテーブルクロス。

 軋む床板の音とともに、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。


 ――思い出した。


 この喫茶店は昔、ラッセルとドンナがよく来ていた場所であった。

 外観も内装も様変わりしていてすぐに気付けなかったが、妙な既視感の正体はそれだったのだ。


 交易都市なだけあり、金の巡りは良いのか毎年のように新しい店が出来ては潰れ、何十年と時が経った今、生まれ故郷のはずのこの街はまったく知らない場所になっていった。

 ラッセルはそれを寂しく思っていただけに、こうして懐かしい想い出に浸れる場所が残っていることが嬉しかった。


「ふぅ…。とても美味しかった」


 ラッセルは静かに息を吐き、空になった皿を見つめる。

 美味しかった――それだけで済ませるには、この味にはあまりに多くの記憶が詰まっていた。


「でしょう。良かった」


 ――仲直りしたら今度は娘と一緒に来よう。

 そのためには、ひび割れたまま置き去りにしてきた時間に、自分の足で踏み込まなければならない。


 ラッセルはコーヒを一口飲み、緊張した面持ちでアルトと向き合う。


「アルト君…今、娘はどうしてる」


 恐らく事の顛末を知っているであろうアルトは、今の2人の状況を一番理解しているだろう。


「そうですね…。今朝、泣きながら僕の家に来た時は驚きました。僕が仕事へ行く頃には泣き止んで落ち着いた様子でしたが……どうでしょう。正直なところ、僕も彼女の全てを知っているわけではありませんから。ただ…あのカップには彼女にとって特別な思入れがあるのは間違いないですね」

「やはりか……。私は娘が大切にしているものを何一つ知らない、そんな愚かな父親だ」


 ――なぜ娘を知ろうとしなかったのか。

 ――なぜ娘を蔑ろにしてしまったのか。


 ラッセルの心はそんな罪悪感と、自身に対する憤りで一杯であった。


()()と名乗ることすら烏滸がましいとも理解している。だがそれでも…頼むッ! 教えてはくれないだろうか!」

「――ッ!?」


 ラッセルは深々と頭を下げる。


「あのカップは、シュヴィにとってどれほど大切だったのか。少しでも何か知っていたら……教えてくれ。お願いだ」


 歳下の、それも娘の婚約者にこんな事を頼まなければいけない自分が情けない。しかし、どれだけ醜かろうと、娘のことが知れるのであれば、頭を下げることなど些細なことだった。


「頭を上げてください、お義父さん」


 ラッセルはゆっくりと頭を上げる。


「先程も言いましたが、僕もジュヴィの全てを知っているわけではありません」

「――ッ」

「ただ、それでも手伝えることはあります。未熟者ですが、僕も商人の端くれです。同じカップを探すことは出来ます」


 それはとてもありがたい申し出であった。

 しかし、それで良いものかとラッセルは考えた。


「アルト君。私も同じカップを買えばそれで良いと、さっきまでは思っていた。だが、シュヴィにとってあのカップは特別なもの…」


 果たして同様のカップをただ充てがうだけで、それで良いのだろうか。あのカップには娘にとって何にも変え難い、大切な思い出があるはずだ。

 全く同じカップでも、そこにある想いを無視し、ただ形だけが同じなそれを渡して、それでシュヴィが喜ぶのだろうか。

 ラッセルはそれが気がかりであった。


「なるほど…でしたら、腕のある金継ぎ職人を紹介する、というのはどうでしょう」

「それが一番だと私も思う。ただ…金継ぎについて私はよく知らないのだが、修復にはどれ程の期間が必要なのだろうか」

「そうですね…カップの破損具合にもよりますが、概ね一月程じゃないでしょうか。物によっては二月以上かかる場合もあるかもしれません」

「二ヶ月か…」


 二ヶ月、その言葉がラッセルの頭に重くのしかかる。


「僕も専門じゃないですから、その辺りを詳しく知っている訳じゃないので…正確に答えられず申し訳ないです」

「いや、アルト君は何も悪くない」


 そう、悪いのは全て自分なのだから。


「ただ…娘が家を出て行くまでには関係を修復したかった……」


 シュヴィとアルトは3週間後に式を迎える。だからこそラッセルは、本当に娘が家を出る前までに少しでも溝を埋めたかった。

 仲違いを解消し、父親として華々しく娘が婚礼を迎えられるように、その為に今日まで不器用ながら自分を変えてきた。だというのに、全てを壊してしまった。他でもない自分自身の手で。


「だが、我儘を言う訳にもいかないな」

「……」


 残りの少ない寿命で娘に報いるとしよう。そもそも遅すぎたのだ、大切なものに気付くのが。

 ラッセルは諦めたのかように窓の外を見やる。

 先ほどまでは粉雪が舞っていたが、今では(みぞれ)に変わり、道ゆく人々は足早で歩く。

 まるで今の自分の心情の様だと、ラッセルは思った。


「もし…もし壊れたカップを一瞬で修復できる人がいたとしたら、お義父さんはどうしますか」


 壊れた物を一瞬で修復できる。そんな人物がいるのなら、是が非でもお願いしたいに決まっている。だが、


「アルト君、宮廷に仕える魔法使いでもそんな芸当は――」

「復元師エーヴィヒ」


 そんな芸当は不可能だ、とラッセルが言い終える前にアルトはとある人物の名で遮った。


「この名前を聞いたことがありますか」

「いや、初めて聞く名だ」


 60年生きてきた彼だが、そんな人物の名は聞いたことがない。

 アルトの話ではグレーステの北側、フレユール大森林を超えた先にある『境界の丘』と呼ばれる場所に、何百年も住んでいる魔女がいるというものであった。

 その魔女は如何なるもの、例えそれが人であろうと、代償と引き換えに一瞬で壊れたものを復元してみせるそうだ。


「僕も又聞きで、実際どれ程の確度を持った話なのかは分かりません。ただ、懇意にして頂いている客様から聞いた話で、嘘を付くような方でもないので…」


 まるでお伽話や絵本の題材になりそうな話だが、ラッセルにはアルトが出鱈目を言っている様には見えなかった。

 ただ、俄かには信じ難いその話を、鵜呑みにしてしまって良いのかラッセルには分からない。分からないが――


「信じよう」


 どのみち、金継ぎ職人に頼んでも修復までに一月は掛かってしまう。そうなると三週間後の式には間に合わない。

 であれば、話の真偽はさておき、その居るのか居ないのか分からない存在に賭けてみるのも良いとラッセルは思った。


「カップの復元と引き換えに、寿命を差し出せと言われるかもしれませんよ?」

「もとより短い命だ。この老体の身一つで、娘の大切な物が取り戻せるならそれで構わない」


 たかがカップかもしれないが、娘にとっては違う。


 ――お父さんなんて大ッ嫌い!!


 娘の一言が蘇る。

 例えその魔女とやらがいなくてもいい。ただ、もう後悔だけはしたくないのだ。

 もしかしたらこの選択は間違いかもしれない。馬鹿な幻想を信じて命を落とすかもしれない。それでも、ラッセルはその間違いを誇れると思った。

 たとえ誰に笑われようとも、娘に呆れられようとも、何もしないままでいるよりは、よほど父親らしいと。


「しかし、あの大森林を越えるとなると、それだけで一月過ぎてしまいそうだな。それに…あの地に住まう魔獣の対策も練る必要がある…」


 フレユール大森林はその広大な土地柄、まだ未踏の領域が多い上に、そこを根城にしている魔獣たちもまた厄介であった。


 魔女の存在を信じる信じない以前に、フレユール大森林を越えられなければ話にならない。

 移動手段に魔獣対策、そして求めらる代償。考えなければいけないことが渋滞しているが、何故かラッセルの心は妙に落ち着いていた。

 ようやく、自分が進むべき道を見つけたからだろうか。

 悔いて、嘆いて、挫けて、ようやく掴んだ一筋の道。

 その先がどれほど困難であろうと、これ以上の後悔にまみれるよりは遥かにましだ。


「移動手段に関しては僕の伝手でどうにかしましょう」

「いや、さすがにそこまで迷惑はかけられない」


 相談相手になってくれた上に、問題の解決策まで用意してもらった。もう十分過ぎるくらいにアルトは尽くしてくれている。


「いえ…魔女の話をした手前、お義父さんに何かあったら僕はシュヴィに顔向けできません。ですから、協力させて欲しいのです」

「……」

「それに…僕は貴方とシュヴィには仲直りして欲しいんです」


 確かに、婚約者とその父親が仲違いしているというのは、何とも居心地が悪いだろう。それに、ここでアルトの思いを無碍にするのも気が引ける。


「…わかった。何処までも迷惑をかけて本当にすまない。こちらこそ、よろしく頼む」

「はい!」


 不器用な父親に、こうして手を差し伸べてくれる青年がいる。

 それが、どれほど救いで、どれほど重く、そしてどれほどありがたいものか。

 ラッセルは改めてアルトに頭を下げた。

 

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