国のための選択をします
「皇帝の落とし胤はいつの世も迷惑でしかないな」
お父様の言葉に思わず同意したくなるが、皇后としてそれは許されないので苦笑に留める。
「月並みな台詞ですが、子どもに罪はありませんわ」
ナターシャが連れてきたミハイルという子どもは5人の神官たちが鑑定し、5人揃ってその子どもを「ロシャーナ帝国皇族の血統」と判定した。
「陛下はミハイル殿下をご自分の第一皇子とするとお決めになりました」
「そうなるとは思っていたが……お前はいいのか?」
いいも何もない、あれは相談されたのではない。
陛下の決定を聞かされただけだ。
ミハイル殿下を第一皇子とすることは、今後生まれてくる陛下の子どもに大きく影響を与えるのに。
その“今後生まれてくる子ども”を産む可能性が最も高いのは皇后の私だというのに。
お父様の仰る通り“第一皇子”の存在は私の子どもが皇帝となるのときに迷惑であり、それは陛下もご存知だったはず。
それなのに陛下は“第一皇子とすること”を私に相談もなく御一人で決定なさった。
こんな重大なことを相談されなかった私。
相談されることさえも期待してはいけない、そう言われたようなもの。
もう無理だった。
限界だった。
これまでだと思った。
だから、いまの私はもう期待していない。
「よくも、まあ。ペトロフのお前に一切の敬意を払わないくせに、ペトロフを利用しようというのか」
お父様は“父”として私のために怒ってくださるが、ペトロフがミハイル殿下の後ろ盾になる以上の良案はない。
私は“皇后”として、お父様も“宰相”として、陛下の決定を受け入れる。
ここで私が感情でごねても何も変わらず、ただ時間の無駄でしかない。
考えるべきは先のこと。
「お前は、どっちを選ぶ?」
私がミハイル殿下を認知するのは決定事項、でもその先に選択肢は2つある。
1つは私が皇子を産む。
もう1つは私以外の誰かが皇太子になれる皇子を産む。
2つあるようだが、私は結婚して2年以上妊娠の兆しがない。
つまり私の選択肢は実質1つしかない。
「皇妃を娶るよう陛下に進言いたします」
***
「帝国の月、皇后陛下にご挨拶申し上げます」
御前会議は中央にいる主要の貴族たちが参加する会議だが、今回は特例でナターシャを連れてきて彼女の後見人を務めるザイツェ伯爵が末席にいる。
ミハイル殿下の母親であるナターシャの代理と言える。
ナターシャの身分はいまは平民、御前会議に召集することはできない。
ナターシャの父親のポポフ子爵は、ナターシャが陛下の婚約者であることをいいことに周囲から多額の借金をしており、借金の返済を迫られても困るためナターシャの逃亡と同時に夫婦で夜逃げした。
爵位を継ぐとその膨大な借金も引き受けることになるため、ポポフ子爵の爵位を継ぐ者はおらず“継嗣なし”でポポフ子爵家は取り潰しとなった。
だからナターシャはいま子爵令嬢ではなく平民なのだが、第一皇子の生母が平民では何かと問題なのでこの会議で承認されればナターシャには一代爵位を与えられポポフ女男爵となる。
「帝国の太陽、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
陛下が入室なさり、貴族たちは拝礼するが私は座ったまま。
皇后は皇帝の臣下ではないから。
陛下に並ぶ者として、私は陛下が隣の玉座に座るのを待つ。
この立場に見合う行動を取らなければいけない。
改めて気を引き締める。
庶子を夫の子と認めるかどうかは夫婦の問題であり、その夫婦が皇帝と皇后であっても変わらない。
ミハイル殿下を陛下の御子として認めることを私は受け入れた、だからミハイル殿下はすでに帝国の第一皇子で、この御前会議ではその先を話し合う。
つまり、ナターシャの叙爵への承認とミハイル殿下の今後の生活について。
ミハイル殿下が賜る宮殿。
彼に支給される予算。
「他にあるか?」
ミハイル殿下が“皇子”として受ける教育に関することが決まったところで陛下がそう尋ねたところで、キティル侯爵が手をあげた。
「私は、陛下が皇妃をお迎えなさるよう進言いたします」
皇妃の件は私が言わずとも“あの出しゃばり”が進言するとお父様は仰っていたが、キティル侯爵は本当に予想通りの行動をした。
キティル侯爵はお父様にとても強いライバル心を持っており、何かと衝突してくる彼をお父様は鬱陶しく思っていらっしゃる。
お父様とキティル侯爵は年齢も同じ、若い頃は侯爵家嫡男という立場も同じだったから勝手にライバル視してくるのだとお父様は仰っていたが、お兄様から聞いた「キティル侯爵はお母様にふられたから」という理由が原因だと思っている。
「皇后陛下は皇妃の件をいかがお考えでしょうか?」
キティル侯爵の挑発するような目を、他の貴族たちは面白がる目や嘲笑うような目を私に向けてくる。
“皇后”に向けていい目ではない。
そして考えの透けてみえる浅はかさ。
上がってしまいそうになる口角を必死で抑え、左側の最前列、貴族たちの最上位にいる“宰相”のお父様に視線で合図を送る。
「私が発言させていただきましょう」
鉄仮面宰相の平坦な声に会場の空気が一気に冷えた。
皇后を侮るような行為、その父親が出てきてもおかしくないというのに青褪める彼ら。そんなに怖がるならあんな不敬をしなければいいと思うのに、彼らに助け船を出す義理はないので沈黙を保つ。
お父様はそんな貴族たちを鼻で笑い、控えていた侍従の1人に紙の束を渡して配るように指示した。
「これは……」
紙を受け取ったキティル侯爵が驚きの声をあげる。
「皇后陛下がお作りになった皇妃候補のご令嬢たちの一覧です」
キティル侯爵、好き勝手に騒ぐことはお猿さんでもできますのよ?
陛《《私と同じように》》下に皇妃を娶るよう進言するならばこのくらいの下準備をしてもらいたい。
「皇后が?」
陛下は、なぜ戸惑っていらっしゃるのかしら。
陛下も皇妃の件は予測されていたはずでしょう?
夫として戸惑っている?
いや、まさか。
いま必要なことは夫婦としての判断ではない、皇帝と皇后としての判断だ。
「わたくしは、半年以内に皇妃をお迎えになることを進言いたします」