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恋を捨てた皇后~国のため私がお妃様を探しましょう  作者: 酔夫人(旧:綴)
第2章

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第1話 異国から来た友人

「アナスタシア様、薬湯をお持ちしました」


 オリガの持ってきた痛み止めの入った薬湯を飲む。一息で飲み干せるように温めに作ってくれるのは有難いが、その分苦みが増すのが何とも言えない。


 今月も月のものがきた。先月は色々あったてストレスが多かったと自分を慰めても妊娠できなかったことへの落胆は大きい。


 ―――僕はもうあなたが苦しむ姿を見ることに耐えられなかった。


 痛みのせいかノクトの言葉が蘇る。


 毎月「もしかして」を期待して「やっぱり」と落胆することを繰り返し続けることは確かに苦しい。


 私の中の皇后である自分は「ロシャーナの後継を自分で産めなくても皇妃に産んでもらえばいい」と言うが、それを女の自分が「己の体が不完全だからだ」と嘆き悲しむ。


 どちらの私も満足させるには子を産むしかない、こうして堂々巡りが続く。




「若様からサルーナ王国からの定期船が来週半ば着きそうだと連絡がありました」


 オリガの報告に顔を上げて苦笑する。


「お兄様がアミを呼んだの?」

「アナスタシア様には必要だろうからと……私もそう思います」


「アミに会いたいわ。来週後半辺りで時間を作って頂戴」

「畏まりました」


 アミは私が機能回復訓練を学ぶために師事したエブラ教授の養子で、彼は医師の資格をもっているが国立医療院を管理する医療学院で研究員をしている。


 サルーナ王国が保証する医師免許はこの大陸のどこでもその能力を保証するもの。給料も医師と研究員では桁が違う。上手くいけば王侯貴族のお抱え医師となり一生食うに困らないのに「フィールドワークが生き甲斐」と言って研究員を選んでいるアミはどこに行っても変わり者扱いされている。




「何かあったのか?」


 翌日の朝食の席で陛下に来週のスケジュール変更について問われた。


「実家に帰ろうと思いまして」

「何かしたか?」


 はい?


「いや、何でもない。どうしてペトロフ邸に?」


 ああ、事由。確かに実家との距離が近しい皇后が謀反を起こした例はいくつもあるから皇后の里帰りはあまり歓迎されない……なんか違う風に聞こえた気がするけれど。


「友人が来る予定なのです。異国色の濃い者なので城では悪目立ちしてしまいますから、私のほうから会いにいってこようと思いまして」


 友だちに会うからなんて理由は本来通らないが、しかし皇后の父親が宰相で兄が皇帝の第一書記官をしているペトロフについては近しいも何もなく今更でしかない。


「そうか」


 実際に陛下の顔から強張りがなくなった、ペトロフへの信頼が分かる。


 陛下の護衛騎士であるマンセルは「スープが冷めぬ距離のペトロフ邸」と後ろで呟いているがスープは冷めると思う。ペトロフ邸は大通りを渡れば直ぐとはいえ、厨房から大通りに面した正門まで馬車でも二十分以上はかかるから。



 ***


「シア、一年ぶりとはいえ見事ですね。流石帝国の皇后、見せていただいても?」

「どうぞ」


 そう言うとアミは私を観察するような目で見る。



「どうかしら?」

「気になるのはそれとそれでしょうか。どちらも比較的太い縁、ドロドロと粘っこそうな情が絡まっていますね」


 アミドが指差す先には何もないがアミドには見えるのだろう。



「アミ」ことアミド・プラカシューミドは遥か彼方で滅びた山岳民族タミルの生き残り。正式名称はもっと長い。彼は彼らが信仰する山の神に仕える神子、アミはそれを「ヨギ」という。


 ロシャーナの神子(みこ)は信仰心の厚い者が希望してなる職種だけれど、ヨギは神の血脈の者しかなれず、民族が滅びるときアミと彼の従兄妹が唯一のヨギだったという。


 タミル族はフロン族に襲われて壊滅状態になり、当時まだ十二歳だったアミはその美貌がフロン族の長の目に留まり禍根を残さないよう去勢され彼の慰み者にされ、アミはフロン族に奴隷のように扱われてあちこち連れ回されたという。


 数年後日アミは死を覚悟で外洋に出る船に忍び込み、いくつもの港で同じことを続けてサルーナ王国に辿り着いたそうだ。そして縁あってエブラ教授の養子になり、縁あって私の友という関係になった。


 「縁あって」と言ったがヨギには人の縁が見えるらしい。一度「こんな感じ」と説明してもらったがアミに画力がないのか髪の毛が逆立っているようにしか見えなかった。



 縁には糸を撚るように情や念が絡まっているという。愛情や友情は柔らかくてしなやかで触れるとスッと気持ちいい冷涼感があり、一方で怒りや恨みや嫉妬などの念は硬くべとべとしていて触ると痛いらしい。


 比較的太い縁でドロドロした念まみれと言えば思いつくのはノクトとナターシャの二人。


 二人は今も北の塔でお父様が尋問を続けている。ロシャーナの皇族に手を出したのだからペトロフの誇りでできているようなお父様が容赦するはずがない。



 スザンヌは皇后の誘拐と殺人未遂で先日斬首刑に処された。


 スザンヌは「そんなつもりはなかった」とは言っていたがノクトに裏切られたとは最後まで言わなかった。ノクトに愛を囁かれる私を睨みつける目に籠もっていた殺意、恐らくスザンヌはノクトを愛していたのだろう。


 一方でノクトはスザンヌのことを「丁度良かった」で片づけたという。自分の血が皇族のものかどうかを鑑定できるいい機会だった、そのためにスザンヌが自分の子を産んでくれたのは「丁度良かった」と。


 皇族の血。


 ―――僕はもうあなたが苦しむ姿を見ることに耐えられなかった。


 ノクトの声が響く頭は鈍く痛い。



「若様から聞いていましたが、こちらの縁は切ってしまったほうが良いようですね」


 アミは人と人の縁が切れるという。


 縁が切れると人間は誰でも相手のことを忘れていき、縁が切れると「そういえば」程度に気に掛けるだけで直ぐにまた忘れるのだとか。


 オリガから私が悩んでいることを聞いて、お兄様はアミを呼んでくれたのだろう。


 ―――僕はもうあなたが苦しむ姿を見ることに耐えられなかった。


 ノクトの言葉を早く忘れてしまいたい。


「お願いするわ」




 皇后になるまで使っていた私の部屋に行くとベッドに横になる。


「分かっていると思いますが縁を断つには副作用が出ます。全身の倦怠感、筋肉痛、関節痛、寒気、鼻水といったところが一般的です」


 いつ聞いても風邪の諸症状にしか聞こえない。


「そして縁を切ったらシアは意識を失います」

「そっちのほうが副作用よりも大変だと思うのだけれど」


「どのくらいの時間倒れているのかは縁によりますから説明が難しいのです。詳しく時間を視るために姿を戻しますね」


 アミが自分に掛けた呪術を解くと白い肌色に茶色というロシャーナの平民と変わりない平凡な姿がカペーを思わせる濃い肌色とサーモンピンクの髪色という異国色の強いとても華やかなものになる。幻想的にさえ見えるその色は中性的なアミに良く似合う。


「いつ見ても不思議だわ」

「私からすれば誰も彼もが生活魔法を普通に使っていることのほうが不思議です」



 生まれ育った環境が違って固定概念が違うアミと話すのはとても楽しい。


 こちらの大陸に来てアミはこちらの大陸に合わせて自分の使う「魔法のようなもの」を呪術と言い、研究者を表の顔とするなら裏の顔として『呪術師ヨギ』と名乗り縁切り屋をしている。


 真っ当な活動ではないけれど、帝国内の貴族の縁切りをする場合はお父様に事前に確認することを条件にお父様は黙認している。陛下も恐らく縁切り屋の存在は知っているだろうがそれが誰かまでは知らないだろう。



「我々にとってこの力は神の祝福であり呪いなんですよ」

「呪い?」


「縁は神が作るもの。その縁に人間の身で介入できるのは祝福と言えるのでしょう。しかしそのためには制約はいくつもあり一つでも破れば神罰が下って呪われます」

「それが呪い」


「呪いの程度や期間は神によりますね。永遠に毎日足の小指をぶつけ続ける神罰もあれば、そのとき最も大切なものを失う神罰もあります」

「どこの神様も気紛れね」


 この国で神の存在を最も感じるのは聖魔具、大陸のあちこちにあるので希少性はないが、効果の範囲も内容も聖魔具による。新たな聖魔具が発見されると「そんなものがあるのか」と多くの者が驚いたりする。


 例えば音楽の女神ミュゼが残した「半径三キロの赤子を全て泣き止ませる聖魔具」。威力は凄い気がするけれど役に立つかどうかは人による気がする。


 因みにこの聖魔具は農耕が盛んな地域のあちこちにある。その理由についてはミュゼの恋人が農耕の神ファムストだからだという説が濃厚。愛は神様の世界にもあり神話を読めば大半は神様の愛憎劇だ。



「神様も縁で結ばれているの?」

「愛と憎しみがあるのですから恐らく。さて、こちらのストーカー特有の粘着質な縁を切ると半日くらい意識を失いますね」


 ストーカーの縁……怖いな。


「今夜はこっちに泊まると言ってあるから大丈夫。切って頂戴」


 そういえば……。


「もう一本の縁を切るとどのくらい意識がないかしら」

「七日か……いや十日ほどですね」


 そんなに!?


「こっちの縁はシアの血縁ですからね」

「血縁か」


 とりあえずナターシャとの縁は自然に切れるのを待とう。

本日は18時にもう一話公開します。

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