まさかの理由に驚く
「不自由な思いをさせてしまいましたね」
そう言いながらノクトは私の足首にアンクレットを装着した。
貴賓牢に収監された者がつける逃走防止用の足枷で、途端に足から力が抜ける。
「ずいぶんと綺麗な足枷ね」
「北の塔から拝借してきました。陛下があなたを探せと命じてくださったおかげです。仕方がないとはいえ、あなたには美しいものでないと」
ノクトは短剣を出し、私の体を丁寧に転がしてうつ伏せにし、腕を拘束していた布を切った。腕の力で体を起こし、みっともないが体を引き摺ってベッドボードに寄り掛かる。
「この状況でも悲鳴をあげないとは」
叫んで逆上されたら怖いだけだったのだけど、変な感心をされてしまった。その言葉に混じるのはいつも通り尊敬や敬意、それならもう少し……。
「ここは内宮のどこなの?」
「そこまでお分かりとは」
ノクトが感心したように拍手する。
私の知っているノクトと雰囲気が違い過ぎ、怖さと気持ち悪さを感じるが、全身に力を入れて体が震えないようにする。
虚勢でも、恐れをみせてはいけない。
「ここは奥宮の地下ですよ」
……拍子抜けするほどあっさりと教えてくれたけれど、私を逃がさない自信がそれだけあるのだろうか。
地下は当たっていた。
だけど、よく考えたら倉庫のはずはない。
倉庫の中に、それもこんな中央に、大きなベッドが置いてあることはおかしい。
誰かの部屋?
なぜ奥宮の地下にこんな部屋が?
今回のためにノクトたちが準備した?
どうやって?
そもそも、どうやってここにきたの?
なぜ地下のことを知っているの?
確かに皇族がいるところだから、いざというときの避難路として“あるだろう”と思いはするだろう。でも通路の入口と出口を、簡単に見つかるようにはしていない。
そもそも私がシエナ宮から忽然と姿を消したことで、お父様は避難通路からの侵入を考えたはず。そして女官長に地下通路を確認させたはずだ。
その女官長が見つけられないこの部屋。
つまり現在知られている地下通路にはない部屋。
つまり、ルチルの間とどこかにある出口を結ぶ間にある部屋ということになる。
現在ルチルの間の避難口は埋められている。それは先日、元女官長たちと確認している。埋められて以来、女官長たちはいまの地下通路と避難経路しか知らないと元女官長は言っていた。
「いろいろとお考えのようですね」
!
「正解をお話しする前にお茶にいたしませんか?」
差し出された紅茶に変な臭いはない。
「ただの紅茶ですからご心配なさらないでください」
“ただの紅茶”とわざわざ言ったということは、今後は何かしら入れるつもりなのだろうか……いや、いまこんなことを考えても仕方がない。
脱水症状に陥るわけにはいかない。
ゆっくりと口に含み、舌に違和感がないことを確認した。
少しずつ喉の奥に流し込み、乾いてヒリヒリしていた喉が潤ったことでほっと息が出た。
「慎重ですね」
「この状況では当然でしょう」
「僕がアナスタシアを毒殺するとでも?」
“私”が“僕”に、“あなた”が“アナスタシア”に変わった。
馴れ馴れしさに嫌悪するが、ノクトが主導権を持っているいまは我慢するしかない。
「私を浚い、誰に何を要求するつもりなの?」
「要求、ですか?」
……なぜそんな不思議そうに首を傾げるの?
「僕はアナスタシアを助けにきたのです」
「……どういうこと?」
ノクトはにこりと笑う。
「それより先に、この部屋について説明しましょう。この部屋はある女性が使っていました」
過去形の表現に思わずゾッとする。
「誰が、使っていたの?」
「怖がる姿、可愛らしいですね。でも安心してください、彼女はここで死んでいませんから」
彼女?
「誰なの? そして何故あなたがそれを知っているの?」
「ここにいたのはグレンスキー皇帝の皇女で、それを知っているのは彼女が私の祖母だからです」
!?
……グレンスキー皇帝の皇女……確かに愛妾マリアは女児を産んだという記録がある。
でも死産だったはず。
その皇女が生きていた、という話は別におかしくはない。
可能か不可能かといえば可能だ。
ただ理由がわからない。
「その皇女様は愛妾マリアが産んだ、死産とされた皇女様?」
「その通りです。愛妾マリアは皇帝に皇女は死産だったと偽り、ここに皇女を閉じ込めたのです」
「なぜそんなことを?」
「皇帝と皇子たちの愛情を独り占めするため。女の嫉妬は怖いですね。彼女にとっては娘もライバルだったというわけです。祖母は運よくこの部屋を抜け出し、シエナ宮からの秘密通路に逃げて、そこから城の外に出ました」
ノクトは何てことないように肩を竦める。
「これらは全て祖母の日記に書かれていました。独り言のような日記で、亡くなる前に処分すると書かれていましたが、事故死だったので処分できなかったようです」
「日記に書かれていたことをそのまま信じているの?」
まさか、とノクトは笑った。
「だからミハイル殿下に証明してもらいました」
「ミハイル殿下?」
どうしてここで殿下のお名前が?
「ミハイル殿下は僕とスザンヌの子ですよ」
!?
「安心してください。スザンヌとの関係はあなたと会う前に終わりましたから」
別れたときスザンヌは妊娠していたが、ノクトは偽名を使ってスザンヌと交際していたため彼女は彼を見つけられず、スザンヌは家族と相談し、産んだ子どもを姉夫婦が領地で預かってくれるということで出産を決意。
スザンヌは長期の休みを取ってダッシモ領に戻り男児を出産。予定通り子どもを預けてスザンヌは城の女官として復帰した。
そして半年前、スザンヌとノクトは偶然再会し、ノクトは子どものことを知った。
「子どものことを聞いて、丁度いいと思い、ナターシャ嬢を探しました」
ナターシャが生きていたことを知っていたのは、ナターシャが共に逃げた男がノクトの友人だったから。
「ナターシャは偽名を使っていたので、彼はナターシャが陛下の婚約者だったと知りませんでした。でも友人は絵が上手で、僕はその絵で友人の全財産と共に隣国で消えた女がナターシャだと分かりました」
「その御友人は?」
「酔って川に落ちて亡くなりました。悲しいことです」
悲しいと言っているのに目は冷たく笑っている。
本当にその友人が酔って川に落ちて亡くなったかは怪しいものだ。
「ナターシャを探したのは、スザンヌでは陛下の子だと偽れないからね?」
「はい」
例え陛下の子ではなくても、神殿で王族と判定されれば子どもだけでなくノクトも王族として扱われることになる。
それなのに陛下の子だと偽る。
そんな危ない橋を渡る理由は……。
「あなたの子を皇帝にするため?」
「僕の子を皇帝にして、何のメリットが僕にあります?」
え?
「言ったでしょう、僕はアナスタシアを助けたかっただけです」
確かにノクトは『助ける』と言った。
「……何から助けるというの?」
「皇帝の後継ぎ問題からですよ」
「誘拐のどこが『助ける』になるのかしら?』
「もし僕が皇族ならば、アナスタシアが僕の子を孕めば問題は全て解決するでしょう」
!
「僕の子どもが皇帝の子どもと認知されることはミハイル殿下で確認できました。だから僕の子を産んでください、アナスタシア。貴女の産んだ子なら皇太子になれる。貴女は皇太子の母となり、完璧な皇后になれる。もう誰にもアナスタシアを笑うことはできない」
頬を紅潮させながらノクトは自分の考えに酔いしれる。
「いまとなってはスザンヌには感謝していますよ。ミハイル殿下がいなければ、僕がアナスタシアに触れることは叶いませんでした」
ノクトはにこりと笑ったが、初めて見る薄気味悪い笑顔にゾッとする。
「逃げないでください」
「……っ!」
無意識に腕の力で後ろに下がって距離をとろうとしたところを、伸びてきたノクトの手で髪を引っ張られて押し留められた。
「アナスタシア、愛しています。どうか僕を受け入れてください」




