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恋を捨てた皇后~国のため私がお妃様を探しましょう  作者: 酔夫人(旧:綴)
第1章

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まさかの犯人に驚く

ここは……どこ?


目が覚めた瞬間に違和感に気づく。



両腕が背中側で纏めて縛られていて、しかも肘から下を布で包む徹底さ。


足は縛られていないけれど、ここまで腕の動きを制限されてしまうと起き上がることもできない。



魔法でどうにかできるかと思ったが、やはり使うことができない。


結界か、何らかの魔導具の影響か。


毒針を仕込んだ指輪も、一人用だけど強靭な結界をはる腕輪も外されている。


誰がやったことか分からないが随分と下調べされているらしい。



とりあえず、大きく深呼吸をする。


猿轡を噛まされていないということは、私がどんなに大声を出そうと助けが来ない場所にいるということだが、呼吸が自由にできるのでパニックに陥らず考えを纏めることができる。


窓がない部屋。場所どころか時間も分からない。


考えるにも、情報が少なすぎる。


でも、これを企てた者には要求があることは分かる。


その者は私を交渉の材料とするため誘拐した。

誘拐はその場で殺害するより手間がかかる。


要求先は、皇帝、議会、ペトロフ家。私を邪魔と思うか利用価値があると思うかはさておき、誘拐したい思う者がそれなりに浮かぶ。



ただ、その者たちに私を誘拐できるかと難しい。


私を誘拐すれば騎士団だけではなくペトロフの私設騎士団も動くと知っているから、誘拐できても誘拐したあとの交渉の場に立つことはほぼ不可能。


人知れずは無理、他の誰も気づかなくてもオリガなら私の不在に直ぐに気づく。


連絡を受けたなら、お父様はすぐに城と王都の門を封鎖し、出入りする荷物はたとえ掌サイズでも漏れなく中身を改めるだろう。



つまり、私はまだ王都にはいる。



誘拐犯が一人でも複数でも、誰かは私のことをよく知っているらしい。


この敷布の肌触りはベルジェ工房のリネンだし、着させられている寝間着のデザインはマダム・シャーリー。


皇后が特定の工房や職人を贔屓するのはよくないから衣装や内宮で使う布製品は色々なところから購入しているけれど、唯一のプライベートエリアといえる寝室ではこの2つを愛用している。


これを知る者は本当に少ない。


私の鼻の奥に睡眠香独特の甘ったるい臭いが残っていなければ、この誘拐の犯人はオリガとお兄様だと思っただろう。


お兄様は昔から無味無臭に強いこだわりを持っていらっしゃるので、こんな臭いの残る睡眠香は絶対に表に出さない。



 

部屋の魔導灯が突然消えた。


魔石のエネルギー切れ?

それとも誰かが操作した?



扉の開く音。

流れてきた空気に新しいニオイ。


冷たく湿っていて、少しかび臭い。

土の臭い?


冷たい、湿り気……ここは、地下?


……香水の匂い。


女性。

入ってきたのは女性だ。


近づいてきているのか、足音が聞こえ始めた。


迷いのない足音。

暗闇でも見える魔導具?


体を強張らせつつも足音のするほうをジッと見つめていると、布が勢い良く擦れる音がして―――。


「あ……」


小さな声だったけれど、十分分かる。


「スザンヌ、どうしてこんな真似をしたの?」」


皇后付きになった女官のスザンヌ。

息を呑む音が私の推測を肯定し、乱れた足音が遠ざかる。


また扉の開閉する音。



灯りが点いた。

どうやら部屋の外で操作できるらしい。


外からかかる鍵。

外にある灯りのスイッチ。


この部屋は元は倉庫だったのだろうか。


スザンヌが誘拐犯としても、一人で計画して実行したのだろうか。


それはないように思える。



ここで目を覚ます前、私は確かにシエナ宮にいた。


皇后付き女官のスザンヌなら奥宮に入ることはできるだろう、しかしシエナ宮には入れない。シエナ宮の門にはペトロフの騎士たちがいる。


彼らの目を盗んで入り込むのは不可能。

眠らせた私を連れ出すことはさらにできない。


つまり私は門からではなく、寝室にある秘密通路から連れ出された。


そうなると次の問題が生まれる。

秘密通路をなぜ知っているのか。



秘密通路を知っているのは、皇族と歴代の侍従長および女官長。


彼らが裏切ったとは考えにくいし、そもそも秘密通路の情報を外部に漏らそうとすれば契約魔法によって物理的に彼らの首が飛ぶ。


だめだ、まだ判断材料が足りな過ぎる。



ただスザンヌが来てよかったこともある。

この部屋が城内にあることは分かった。


私が誘拐されたと分かった時点でお父様たちは捜索開始、最も近くにいた者から疑われただろう。


スザンヌもその対象のはず。


それなのにお父様の目を逃れている。つまり、つまりスザンヌは不審な行動をとっておらず、呼び出しの魔導具も身につけているということ。


城で働く女官と侍従は勤務中は必ず呼び出し用の魔導具を身につけている。その有効範囲は城の中。スザンヌの次の休みは確か10日後。


お父様のことだから侍従や女官を不規則に呼び出し、秘密裏に城外に出ている者がいないか確認しているはずで、スザンヌはその呼び出しに応じている。


誘拐されて10日間眠らされていた可能性はゼロではないが、空腹具合などからして眠らされていたのは1日か2日だから城内で間違いないだろう。


そして城内であると仮定すれば、魔法が使えないここは内宮のどこかということになる。


神ロシャーナが授けた聖魔具により、皇族を守るため内宮では魔法が使えないように結界が張られている。


もちろんこの部屋に結界を敷いていなければの話だ。


しかしスザンヌが出入りしていて不自然ではない場所となると、やはり内宮というのがしっくりくる。



また部屋の灯りが消えた。


扉が開く音。

閉まる音と同時に灯りが点いた。



「ノクト!?」


ノクトが助けにきたのかと思ったが即座に脳が“あり得ない”と否定した。


ここが内宮だとしたら、入れる男性は皇帝とその子ども、あとは護衛のための騎士だけ。


緊急事態と判断して特例を出したとしても、ペトロフ邸は城から目と鼻の先で、そこにはお父様に忠誠を誓った屈強な騎士がたくさんいる。他家の者でさらに文官のノクトの手をお父様が借りるわけがない。


つまり、ノクトはスザンヌの協力者というわけだ。


「どうして?」



ノクトは私に近づき、手を伸ばして髪を手に取ると口づけた。



「あなたをやっと手に入れることができた」

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